ETHNOMANIA

アクセスカウンタ

zoom RSS ETHNOMANIAの旅~2006夏編D(戦争の傷痕)

<<   作成日時 : 2006/08/11 20:44   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 12

わが国が戦争を終えてから、既に60年以上が過ぎました。
この季節になると変わらずメディアは、広島・長崎特集を始め様々な戦争関連番組を組み、かつてあった戦争を国民の記憶から消さないよう促しています。
しかし、戦争はあまりにも遠い記憶となりつつあります。
現在、中東の地で砲弾の音が鳴り響いていても、ニュースでいくら惨状を見せ付けられても、それを我がこととして考えられるほどには、戦争は身近なものではないというのが現実です。
私もいつもの年はそうでした。
でも、この夏の旅において、美しい景観を抱くドゥブロヴニクと、そして、文化の混淆を誇りとしてきたサラエヴォの地で、まだ生々しく残る戦争の傷痕を見てきた私は、改めて戦争ほど愚かなものはないということを強く実感しています。
旧ユーゴの国々にとっては「戦争は過去のもの」、と言い切れるほど、傷を克服しているとは言いがたいでしょう。確かにドゥブロヴニクの街並みは驚く程きれいに復興され、一見したところでは、彼の地で、たった15年ほど前に戦争があったとは俄かに信じられません。前にも書きましたが、人々はとても穏やかな笑みを湛え、直接戦争を体験した、そして身内を亡くした人もその中にはいるかもしれないのに、そういった傷を背負っていることを全く感じさせない明るさを見せてくれるのです。
しかし、よく目を凝らしてみれば、旧市街の中には多くの建物に弾痕が見られますし、その傷痕を人々は戦争の記憶を消さないために、意図的に残しているのだといいます。
そして、そんなクロアチア人もまた、戦争において被害者であると同時に加害者でもありました。独立には犠牲が伴います。

サラエヴォでは、その「疵」がさらに顕著でした。
復興されるあてもないであろうまま、放置されたビル群、国際列車が発着するとはとても思えない閑散とした鉄道の中央駅、荒れ果てた線路、街中を行き交う人の中には、明らかに義足の人や杖をついている人、そして車イスの人が多く見られました。ユーゴ紛争において激戦地となったサラエヴォでは、未だ地雷が残っている箇所も多くあると聞きます。
かつて、冬季オリンピックの会場となったサラエヴォの丘の斜面は、今は戦争で亡くなった人たちの墓で埋め尽くされていました。夕日に赤く照り映えたなんとも美しい墓地の碑の白さが、目に焼きついて離れないのです。

戦争を起こすのには勿論、各国あるいは各民族にとってそれぞれ正当な理由があります。そして、その「正当な理由」が他国・他民族にとっても「正当」かどうかなどお構い無しに繰り広げられるからこそ、戦争は悲劇なのでしょう。何より、如何なる理由があっても人命を奪ってよいことにはなりません。ましてや、ある民族を抹消したいと願うなど、言語道断の出来事です。
そして、ひとつの戦争において、ある国がある国を支援するのにも、様々な思惑が渦巻いています。
現在、中東の地で繰り返されている戦闘を見るにつけ、バルカンの地で多くの人を傷つけてきた負の歴史が、またも繰り返されている事実を発見します。嘆息せずにいられません。バルカンと中東、双方における戦争の歴史にはとても似通った部分があると思います。民族(=宗教)間の領土争い、国民国家論(民族主義)、それに本来は蚊帳の外であるはずの、大国の利害・思惑が絡んでくる。この「永遠の負の連鎖」を断ち切ることができるのものが、一体この世の中にはあるのでしょうか。無力な国連安保理の決議をメディアを通して知るにつけ、絶望感は強まります。第一、自国の利害しか眼中にない某国が、国連においても多大な発言力を行使している状況で、何かが解決できるのでしょうか。怒りは強まるばかりです。しかしどこへ向けたらよいのか分からない怒りほど虚しいものはありません。

旧ユーゴの国々の人は、今の中東の状況をどういった思いで眺めているのでしょうか。彼らにとっては戦争は過ぎ去った過去のものではないはずですから・・・

画像
写真は、ドゥブロヴニク旧市街に残る(意図的に残されたものを含む)戦争の傷痕を示した図で、旧市街への入り口であるピレ門の脇に掲げられています。分かりにくいですが、黒い点(実際は三角形)で示された箇所は全て該当する場所。南が海側、北がスルジ山がある方角。南に比べ北の方が被害が多いのは、スルジ山を拠点として街中に対する攻撃が行われたからと思われます。とにかくその数の多さに驚きます。
画像
旧市街に入ってすぐのところにあるフランシスコ会修道院の外壁。弾痕が生々しく残っています。対照的に、修道院の中庭は、夾竹桃など夏の花が咲き乱れ、伝統ある柱に彩りを添え、穏やかな空気が漂っていました。戦争の記憶を全く感じさせません。
画像
旧市街を囲む城壁の上の遊歩道を巡っていると、実に様々なものが見えてきます。おそらく戦争後に新しく葺かれた鮮やかなオレンジ色の屋根瓦と、年月を経ていぶされた渋い茶色の屋根瓦のコントラスト。このコントラストは、ドゥブロヴニクの美しい景観に一役買って出ているけれど、砲撃戦に合い瓦礫と化した、かつての旧市街の光景を想像すると胸が痛みます。
画像
これは戦争の痕なのかどうか分かりませんが、遊歩道の上から眺めていると数箇所、瓦礫と化した家の跡が見られました。あきらかに放置されている、あるいは遺跡かなにかのようにも見えますが、この構図が、完全に復興したかに見えるドゥブロヴニクも、まだ復興途上だということを如実に示しているように思えました。

画像
サラエヴォの中心地。ミリャツカ川の岸に建てられたオーストリア=ハンガリー帝国時代の市役所。後に国立図書館として利用され、サラエヴォのシンボルとなっていました。しかし、92年に砲撃を受け、建物は外壁を除いて全焼したそうです。現在も修復工事中でしたが、サマー音楽フェスの垂れ幕や看板がかけられ、今も変わらずサラエヴォのシンボルであり続けているんだなあと感慨深く思いました。モーロ風のデザインが入った優雅な建物の外壁も、よく見るとぼろぼろに剥げ落ちています。写真では右の方の壁が随分剥げ落ちているのがよく見るとわかるかと思います。
画像
サラエヴォ鉄道駅の向かい側辺りにある瓦礫と化した大建造物。手前側が砲撃を受け、内部が剥き出しになった状態で放置されていました。周囲には夏草が覆い茂り、建物さえも覆いつくそうとしていました。この近辺は新市街で、周りには外国の企業が多く入ったオフィス・ビル、ビジネス街が立ち並んで、急速に復興が進んでいる様子が感じ取れただけに、余計に侘しさを感じさせられました。
画像
ボスニア戦争中、世界中のジャーナリストがここから戦況を発信し続けたというHoliday Innの建物。戦闘の最前線に非常に近く、このホテルも砲弾を浴びたそうです。

戦後の復興には日本のODAも携わっています。サラエヴォを走るバスの車体には、JAPANの文字が大きく印字されています。
画像



かつて大ユーゴからの独立を願って戦争を経験したクロアチアが、現在ではEUという大波に飲み込まれようとしています。というよりもクロアチアの首脳は、自らEU入りを希望しているそうです。ユーゴとEUを同じ枠で考えるのはいささか強引すぎますが、EU加盟により、民族の独自性が薄められていくことはある程度覚悟しなければならないでしょう。
宿のおばさんが、EUに入ってしまったらクロアチア独自のものがなくなっていくと懸念していました。例えば、ホテルにしても、クロアチア資本のものが消え、外資によるものが幅をきかせてくるというのです。すでにドゥブロブニクで、その兆候があると。一番早くユーゴから独立したスロベニアは、すでにEU加盟国となっています。

また、ドゥブロヴニクで出逢った西ヨーロッパからの観光客のおじさんが、私達がこの後サラエヴォへ行くんだと話したとき、「彼らはドゥブロヴニクをセルビア軍とともに破壊したんだぞ」という反応を見せたのが印象的でした。(ちなみに私が知る限り、また本などを読んだ限りでは、ボスニア・ヘルツェゴヴィナが、クロアチア攻撃の際、セルビア軍に手を貸したという事実は見受けられないように思うのですが・・・。ユーゴ紛争にお詳しい方、ぜひ教えてください)。しかし、一方クロアチアの側は、ボスニア・ヘルツェゴビナに住むクロアチア人に手を貸し、彼らのボスニアからの分離独立、さらにはクロアチアへの併合を図ったわけですから、どちらが一方的に悪いとは言えないのが戦争でしょう。むしろ、自民族の領土拡大を狙い、あるいは隣国を無視し、闇雲な独立を願って戦争を行った(その逆も然り。独立を阻止して無防備な国民を攻撃した)、あるいは民族主義を旗印に民族浄化を徹底した側が圧倒的に悪いと言えるのではないでしょうか。複雑な歴史が絡み合うこの地域では勿論、それぞれの民族に言い分があることは分かりますが。この観光客の何気ないひと言にも、塞ぐことができない宗教間の溝のようなものを感じさせられました。

現在、ボスニア・ヘルツェゴビナには、セルビア人とクロアチア人それぞれによる「国家内国家」が存在します。オスマントルコの支配時代にイスラームに改宗した人たちの末裔であるムスリム人は国民の約44%(ODA白書より)、ボスニア・ヘルツェゴビナの人口の約半分を占めています。しかし、セルビア人、クロアチア人、ムスリム人とは言っても、実際には異民族間結婚が進んだユーゴ時代、どの民族にも分類できない、「ユーゴスラヴィア人」としか言いようがない人たちもたくさん生まれたんだそうです(参考文献:『ユーゴ紛争』 千田 善著・講談社現代新書・1993)。そういった人達は現在は国境線の区分に従い、「ボスニア人」という呼び方をしているのかもしれません。

ひとつの国家というには、当初から各民族の辿って来た歴史・宗教の間の隔たりが、あまりにも大きかった旧ユーゴの国々。かつて不自然に引かれた国境線に、人々はどれだけ苦しめられてきたことか。しかし、各民族が長い間平和裏に共存してきたコスモポリタンシティ・サラエヴォの人々にとって、少なくともムスリム人にとっては、かつての儚い大国は、現実であり、かつ夢そのものだったのかもしれません。今となっては手の届かない幻となってしまいましたが・・・。サラエヴォのお土産屋さんで、「チトーの時代は良かった」と嘆息しながらつぶやいたおばさんの小さな姿が印象的でした。

画像
写真は旧市街の中にあるアートショップのウインドーに掲げられた額縁の数々。一番上にアッラーと記したアラビア文字の書道、その下に未だチトーの肖像が掲げられているのが印象的でした。





テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(1件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
捩れた物乞いの教会
フランシスコ会の修道所跡がカトリック教会になっている。このザンクト・マルティン教会の珍しいのは、船先が曲がっていることである。祭壇が曲がっているのである。 ...続きを見る
Wein, Weib und Gesan...
2006/09/24 20:09

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(12件)

内 容 ニックネーム/日時
 こんばんは。
 ユーゴといえば映画「アンダーグラウンド」を思い出します。何十年も地下に潜っていたのに地上に出てきたらまだ戦争をしていて「これはいつの戦争だ?」というくだりはコメディタッチだけに”泣き笑い”を誘いました。…

 でも、テレビでもあまり紹介されることのないあちらの生の生活が垣間見られて感謝です。

#食べ物写真、おなかが鳴りました!^^
えひ山
2006/08/11 23:34
エミール・クストリツァの作品はどれも、悲劇を喜劇に変え、笑いの中から涙を引き出すことにおいて群を抜いていますよね。私も「アンダーグラウンド」大好きな映画です。これまたサントラがいいですよね!そして、NAKAさんが6月1日の記事で「アンダーグラウンド」取り上げられてました。(←『偏愛音楽機構』一周年記念記事)
旅日記の執筆が大幅に遅れています。テレビなどであまり紹介されない場所だけに、役立つ情報を盛り込んで、なんて考えてたら、益々遅くなっていくようです。えひ山さんのお言葉、大変励みになります。スローペースの更新かもしれませんが、また読んでいただけたら嬉しいです。
elly→えひ山さん
2006/08/12 00:28
日本は、戦争の痕を消そうとしているような、または美化しようとしているような気がします。戦争の原因はいろいろあるでしょうが、価値観の押し付け(多様性を認めない)が結構あるような・・・
筑紫万葉
2006/08/12 18:07
過去の戦争に対する態度は各国それぞれですよね。戦争を美化しようとする傾向、確かに見受けられる気がします。
戦争について語るのは本当に難しい、この記事を書いていて実感しました。公平に書こうと思ったけれど、それこそ「価値観の押し付け」になっていないか心配しているところです。
elly→筑紫万葉さん
2006/08/15 21:55
奇しくも日本人としていろいろ考えさせられる終戦記念日にコメントです。先ほどまで珍しく新聞の戦争責任についての記事を真面目に読んでおりました。が、やはりいっぱしの意見を述べられるだけの考えさえもまとめられません。単細胞で一元的なグローバリズムを力ずくで押し付ける大国にはいい加減辟易しますが、やはりここで皆さんが考えられているように一方的な価値観の押しつけが元凶なんでしょう。あらゆる局面にて「他者を容認」できるような意識を持つことが大事だと思います。
私事ではありますが、子を持つ身になったことでこれまで以上に無邪気で無力で無口な命が日々奪われていくことに憤りを覚えます。ユーゴ紛争の爪痕をそのまま残して毎日を過ごす人々に気合いを入れられました。
questao
URL
2006/08/16 00:47
終戦の日にご丁寧なコメントをありがとうございました。それなのに、こちらはすっかりお返しが遅くなってしまい申し訳ないです。
ところで、グローバリズムっていったい何でしょうね。結局どこぞの国の価値観に沿った一元的な文化の押し付けのようにも思える今日この頃。文化の多様性を楽しめないような世の中は本当につまらないなあと思います。
グウちゃんの存在によってquestaoさんが命の尊さを感じられているのはステキな事実ですね。
人間、やはり我が身に置き換えないとなかなか実感として痛みを捉えることが出来ないものだと思います。だからこそ、子どもさんがいらっしゃる方は、より多く様々な不条理に涙を流し、怒りをかみ締め行動を起こすことができるのではないでしょうか。「questao父ちゃん」から私は様々なことを学ばせていただいてますよ。
elly→questaoさん
2006/08/17 20:46
こんにちは、ごぶたさしております。
数日前にこちらに伺って、落ち着いてから
コメントを入れよう、、と思ってSave
しておりましたら日が経ってしまい、、
そして今日Ellyさんからコメント先に
頂いてしまいました
まずは ★私のブログは、以前も書いたように
お恥ずかしい話、サクサク書いてしまっている
ものも多いのです。だからメールのようにマメ;
結婚式の記事は調べることは
それなりに雰囲気が伝わるよう、写真も厳選し(ものすごい数あるんです)ましたが・・・
ただ・・好奇心はありすぎるので、イベントに
呼ばれば駆けつけ、美味しいものを作ると
言われれば飛んで行き、、最近はお仕事も
兼ねて(Profileに少し追加しています)
ブログ取材にも力が入ったりしています。。
3日3晩というのは、きっとマラムレシュでも
一部の本当に大々的な結婚式だと
思います。前日からの準備もきっとカウント
されているのでは。
ラジオも聴いてくださろうとして
ありがとうございます、そのお気持ちが
嬉しいです :)
go2rumania
URL
2006/08/24 19:41
戦争、、終戦記念日や追悼式や、、
毎年その日を悼むことがあっても人間は
何も学ばないのだな、と悲しく思うことが
多いです。聖書に手を当てて、戦争前
神に保護を願うなんて・・・ブッシュを始め
戦争とは何か、根本的なことを何も分かって
ないと苛立ちます。。罪のない人間まで
多くの人を巻き込み、人だけではなく、歴史
のある建物、人間の感情、たくさんのものを
破壊してしまうのに・・・

バルカン半島、東欧・中欧(旧ソ連)は
本当に他民族の地域なので、民族紛争と
称して、小さいものから大きなものまで
争いが絶えないですよね。
EU加盟による弊害を書かれていますが、
最近東欧経済の本でも(以前も書いた本と
一緒です、、手持ち本が少なくて@海外の
宿命・・・Amazonで注文しないと;ですが)
EUや国際社会に揉まれ様とするから逆に
民族、各国の主張や伝統を固持しようとする
動きが強いとありました。そうすると、、
どうしても避けられないのが争いなのか・・?
go2rumania
URL
2006/08/24 19:53

>他国・他民族にとっても「正当」かどうかな>どお構い無しに繰り広げられるからこそ

まことにもってその通りですよね。

食べ物が1番の楽しみになってしまう@海外
私ですが、以前も書いた食べ物の融合から
見る、食べ物の伝承からみても各国の歴史、
征服・戦争の歴史、学ばなければ何も
語れないな、と 痛感する、非常に
(いつものように)勉強になる記事でした。
go2rumania
2006/08/24 19:54
おお!長い長いコメントをどうもありがとうございます!(ていうか、分けないと一回では入り切らないんですよね、ご迷惑お掛けしてます)
好奇心旺盛で、呼ばれればどこにでも顔を出してしまうとおっしゃるgo2rumaniaさん。海外で暮らしていく上で、好奇心以上にその国に馴染み、その国を学んで行くのに大切なものはないのでは…と思います。持ち前の好奇心と行動力を資本に次々とお仕事をゲット、並びに人間関係を築いていかれるお姿を拝見することにより、とても勇気をもらえます。
(結婚式ネタ、続きも楽しみにしていますね!マラムレシュの派手婚?も見てみたい。)
さてさて、人種と文化の坩堝であるバルカン半島にお住まいのgo2rumaniaさん。以前の記事では、ハンガリー系の民族事情などを扱われていたことがありますよね?小さな民族間の相違がいつも争いに繋がるわけではないにしろ、実際に暮らしてみれば普段から様々な社会問題を目にされていることと思います。<続く>
elly→go2rumaniaさん
2006/08/25 22:59
そういった生の声を聴かれ、また見ることにより、そしてブログにおいてアウトプットして私達に伝えてくださることにより、日本にいては考えもしないようなことを考える機会を私達に提供してくださってるのだと思い、感謝しています。
EU加盟による障碍といった話も、今回書いていて、以前go2rumaniaさんが「EU加盟により農産物の企画が統一され、ルーマニアのおいしいトマトの味が保てなくなる」という話を書かれていたことが頭を過ぎりましたよ。
go2rumaniaさんが読まれている東欧経済の本(すみません、タイトルは失念してしまいましたが)に書かれているように、「グローバル化」「統一化」が進むことにより、各国の主張や伝統を固持しようとする動きが加速していく気もします。そして争いが…。この負の連鎖を断ち切るのは容易なことではないかもしれません。でも、どうする手立てもないのだからと諦めてしまうのは悲しすぎますよね。<続く>
elly→go2rumaniaさん
2006/08/25 23:00
直接的に何もできないからこそ、せめて異文化を知り、全ての民族に敬意を払うことの大切さを痛感する日々です。そして自分も少しでもその気持ちや学んだことを伝えて行ければ…。今後もいろいろと知恵をお貸しくださいね。
elly→go2rumaniaさん
2006/08/25 23:00

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文

Welcom Map

welcommap
Welcom Map
ETHNOMANIAの旅~2006夏編D(戦争の傷痕) ETHNOMANIA/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる