『アラビアンナイト大博覧会』

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今月31日まで赤坂の国際交流基金フォーラムで開催中の『アラビアンナイト大博覧会』に行ってきました。
もうすぐ終わってしまう当展覧会、もうちょっと早くレポ書けなくてごめんなさい~!

この展覧会のコンセプトは、誰もが知っているアリババ、アラジン、シンドバードの物語が収録された『千一夜物語』の描く世界が、我々が現実のアラブ世界に対して持っているイメージに大きく影響しているということ。そして、現在在る『千一夜物語』が成り立っていった経緯を含めて多くの文献資料を提示すると共に、具体的なアラブ世界の事物を紹介することで、「説話と現実」の違いを見せようというものでした。(多分;)
殆どの展示物は国立民族学博物館からの出展でした。

展示は3部構成になっていました。
第1部「アラビアンナイトの起源と歴史」では、現在『千一夜物語(アラビアンナイト)』として読まれているものが成り立っていた経緯、つまりアラブ世界で忘れ去られていた物語群が、西洋によって再発見され、広まっていく過程を辿っていました。

そもそも、『千一夜物語』とは、どのような起源を持ち、物語集としての形を成すに至ったのか。
まずその経緯を示すパネル展示から始まります。
現在世界中で知られている同物語は、フランスのオリエンタリスト、アントワーヌ・ガランが、1704~1717年にかけて、原典から翻訳した『Les mille et une nuit(千一夜)』が基となっています。これは、14世紀シリアでまとめられた物語の写本を底本としています。しかし、この14世紀のシリア版が大もとの『千一夜物語』ではありません。もともと、ギリシア、ペルシア、インドなどにあった物語や説話を、サーサーン朝時代のペルシア(226~651)でまとめた『へザール・アフサーネ(千の物語)』が、『千一夜物語』の原型ではないかという説が有力のようです。
9世紀に『へザール・アフサーネ』を底本とした『アルフ・フラーファ(千の物語)』がカイロで成立します。
そして、それを基に先述のシリア版ができ、15世紀にさらにカイロで追加編纂されました。その当時のタイトルは『アルフ・ライラ・ワ・ライラ(千夜一夜)』。
『千夜』だったものはいつの間にか『千夜一夜』になっていました。
そして、それを『千一夜』と変えたのは、ガラン本人だそう。

しかし、ガランが底本としたシリア写本には、千どころか二百数十の物語しか収録されていなかったそう。それらに、先に訳しておいたシンドバードの物語などを加えて編纂されたのがガランの『Les mille et une nuit』だということです。

少々複雑な成り立ちを持っている『千一夜物語』ですが、その中に含まれる多くの物語は、今でもアラブ世界では多く見られる、職業的講釈師によって語り継がれてきた物語も多く含まれています。しかし、それらは18世紀頃までにはアラブ世界では忘れ去られていたもの。19世紀に西洋人が訪れた際、『千一夜物語』は語られていなかった。むしろ英雄の武勇伝のようなものが好んで語られていたという記録が残っているとのことでした。

会場ではガランの初版本を始め多くの文献が展示されていて、本好きの私にはたまらないものがありました!

ガランの翻訳が発表されると、同書は大人気を博し、各国で次々に翻訳が重ねられていきます。
ガランの著作が1717年に完成する前にすでに多くの青本や海賊本が発行されていたし、イギリスでは民衆向けの廉価な「チャップ・ブック」や子ども向けの一ペンス本が出回っていました。それらの展示も勿論ありました。

需要に応じ、多くの作家や学者が『千一夜物語』を編纂します。ガラン版を底本とした、もしくはアラビア語の原典を底本としたと偽った多くの『千一夜物語』が出版されました。一例として、シリアのシャヴィとカゾット版の『続千一夜』という本も展示されていましたが、これは原典訳と偽り、パリにある稿本を寄せ集めたものだそう。
多くの偽りの『千一夜』から、当時の『千一夜』を巡るヨーロッパの熱狂振りが窺えました。

そんな中、印刷技術の普及により、アラビア語による原本も登場する(ガランが用いたのは写本)。カルカッタ第一版ブルスラウ版ブーラーク版カルカッタ第二版。中でもカルカッタ第二版が最良のものだそう。

ガランの翻訳に続き、有名どころではレインペインバートン(現在ちくま文庫から翻訳が再出版されている最中ですね)、マルトゥリスがいる。
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バートンは第二カルカッタ版を底本としているが、彼は『千一夜』のエロティックで奇想天外な部分を強調する形で発表しました。
時はビクトリア朝が植民地化政策を進める最中。植民地化を目的とした中東・アラブ世界への理解が求められ、バートンの『千一夜物語』は重宝されました。そのために、それ以降、彼が『千一夜物語』で描く世界が、西洋において東方に対するイメージとして固まっていくことになりました。
また、ブーラーク版を底本としたマルトゥリスは、正確さを欠くものの、象徴派の影響を受けた文章が、アンドレ・ジッドの絶賛を受けたそうです。妖艶な挿絵の入ったマルトゥリス版には、しばしば見入りました。

ちなみに日本には、長崎・出島から1706年オランダ版が入ってきたのが最初ということでした。
日本に入ってきた『アラビアンナイト』も、バートン版やマルトゥリス版のイメージを色濃く受け継いでいるようです。つまり、エロチックな大人が読む読み物、あるいはこども向けの冒険の物語というイメージ。尾崎紅葉北原白秋など、多くの作家が夢中になり、『アラビアンナイト』に関する著作や記述を残しているそうです。
日本で唯一のアラビア語からの訳は、アラブ学者の前嶋信次によるもの。(東洋文庫)こちらはカルカッタ版とブーラーク版を底本としているそう。1992年にやっと全巻出版され、現在も書店で手に入ります。

ところで『千一夜物語』を『アラビアンナイト』と呼ぶようになったのは、1706年に初めての英訳本『アラビアンナイト エンターテインメント』が出てからとのことだそう。
中東文化、中でもペルシアを専門的に勉強した私にとって、以前も書いたことがありますが、『千一夜物語』を『アラビアンナイト』と呼ぶことにはいささか抵抗があります。先にも書いたよう、この物語集の物語の多くはアラブのものではなく、ギリシア、ペルシア、インドのものですし、シャハラザードがシャフリヤール王に夜な夜な様々な物語を語って聞かせるという『千一夜物語』の外枠自体、インドのサンスクリット文学の影響だという説が有力のようです。それらに、長い年月をかけて、作者も分からぬアラブの物語が加わっていって、現在の形になったと考えられています。

各国語の翻訳本に続き、仕掛け本や豆本の展示もありました。豆本のセットはぜひ手に入れたい!と思わせられるものがたくさん!

また、『千一夜』の中で物語を語るシャハラザードと、『アラジンと魔法のランプ』の魔人で有名なジンの変遷していく姿を追った展示もありました。シャハラザードはもともと賢女として描かれる部分が強かったものの、だんだんとエキゾチック・エロチックな特性をもった女性として描かれることが多くなっていきました。またジンは、本来は超自然的な畏怖すべき存在鬼や魔物だったのが(今でもアラブ諸国ではそういう存在)、人間が自然を支配するようになると、人間の手助けをしたり、おどけた姿を見せたりする、それこそディズニー映画に見られるような愛すべき存在となっていったのです。この2つの例からも、現実のアラブ世界と、『アラビアンナイト』の強い影響下にある西洋(日本も含む)のアラブ世界に対するイメージとの間のギャップが分かるという意味で展示されていたのだと思います。
ジンに関連して、ペルシアの有名な詩人、二ザーミー(1141~1207)の『五部作(ハムサ)』の中に、ジンを操るソロモン王が、壜や岩にジンを閉じ込めるといった挿話が出てくるということで、その部分の挿絵も展示されていました。

第2部は「アラビアンナイトが覗く中東世界」と題し、現実のアラブ世界の生活に焦点を当てていました。ラクダに関する展示(ラクダの色鮮やかな鞍や江戸時代に日本に初めてラクダが紹介されたときの様子など)、ベドウィンの砂漠での生活道具、家畜を連れた遊牧生活、花嫁が嫁ぐ際の部屋の再現、今はイスラエルとなってしまったパレスティナ地方の様々な民族の女性の豪華な衣装。(この展示には、パレスティナ文化への敬意を表すことで、平和への願いもこめられているようでした)、アラビア文字の書などなど。中でも、『千一夜物語』に現れる、また『千一夜物語』の語りを現在に伝えるために使う楽器の展示はひときわ目を引きました。ウード、サズ、ゲンブリ、各種ルバーブなどの弦楽器、ネイ、サントゥール、ダルブッカなどなど、アラブ・イスラーム世界で使用される楽器がひととおり並んでいて、間近に見ることが出来ます。また設置されたコンピュータで実際の音も聴くことができます。

第3部では、娯楽産業の誕生によって、纏められた物語集が再び「パーツ」化されて消費される様子を、映画・舞台・絵本・カード・ゲーム・漫画など、さまざまなメディアに現れた形を追うことで見せてくれます。

ただ、全て見終わった段階で、この展覧会のコンセプトであろう、西洋人が編纂し紹介してきた『千一夜物語』、またそれらをもとにして今尚産業として作られ続ける『アラビアンナイト』の世界観(それらの多くはめくるめくファンタジー、絢爛豪華な物語だが)と、現実のアラブ世界の生活とのギャップを見出すのは、展示物からは多少困難だったように感じました。
展示されているアラブ人の生活の様子や衣装(さらにはベリーダンスの衣装!まであった)は、ますますエキゾチックで妖しげな『千一夜』の世界を描くのにひと役かっているように見えたのです。
もちろん、専門的な目でみれば、それらふたつの違いは容易に目に付くのだけれども・・・。
現実のアラブ世界への理解、さらには*日本独自のイスラム文明との対話に向けた可能性を探る*ことを目指した展示だったら、あと一工夫欲しかったな~というところが正直な感想です。

もちろん、第一級の展示品(初版本)や普段見ることが出来ない民芸品を見せてくれるという意味では素晴らしいものだったと思いますが。
また、鎖国時代の日本で、欧米・中国を通して入ってきたイスラーム世界や『千一夜物語』のイメージを多数紹介することにより、*日本における異文化認識についても検証*したいという試みも成功していたと思います。日本での『アラビアンナイト(殆どの本は『千一夜』ではなく、『アラビアンナイト』のタイトルでした)の出版物の展示部分は、私にとってもっとも面白かったパートのひとつでした。

注)*アスタリスクの部分は国際交流基金フォーラムのサイトより引用。

尚、前嶋信次著の『アラビアン・ナイトの世界』(平凡社ライブラリー)で、『千一夜物語』の成立過程、枠物語の由来、周辺諸国(ギリシア、ペルシア、インド)文学からの影響・比較について基本的な情報を得ることができますので、おススメです。
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この記事へのコメント

2006年01月25日 17:29
こんにちわ
雄平@実りのときブログ
です。よろしくお願いします。

>アリババ、アラジン、シンドバードの物語が収録された『千一夜物語』の描く世界

子供のころ、本当に胸をわくわくさせながら読みふけったのをいまでも覚えています。
今の子供たちは、ハリーポッターは読んでも、アラビアンナイトはあまり読まないようですね。残念なことです。
アラビアンナイト大博覧会、できたら行きたいです。

では、また。
elly→雄平さん
2006年01月27日 18:58
書き込みありがとうございます。
『千一夜』に入っている物語は魅力的なものが多いですよね。(つまらなくて途中で筋がわからなくなって最初からなんども読み返してしまうものも中にはありますが)大人になって読み返してもやはりワクワクします。
最近の子どもたちは読んでいないのですか。残念です。
ハリー・ポッター自体、たくさん『千一夜』に影響を受けた部分があると思いますし、ぜひ読んでほしいですよね!

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