アクセスカウンタ

zoom RSS テーマ「旅」のブログ記事

みんなの「旅」ブログ

タイトル 日 時
世界の路地〜サントリーニ島(ギリシャ編)〜
世界の路地〜サントリーニ島(ギリシャ編)〜 街全体〜それは建造物や街の空気感を指す〜が豊かな芸術性を有し、訪れる人に、アーティスティックな感覚を喚起させる場所が存在する。例えばバルセロナという都市がその一例である。バルセロナは、街角の至る所にモデルニスモの洗礼を受けた、絡みつく植物や、花びらの重なり、重厚な岩、うねる波や流れる雲を連想させる建築物が聳え、人々の目を楽しませる。美術館へ足を運ばずとも、街の喧騒、雑踏の中に、芸術の躍動の姿を追い求めることができる稀有な街だ。自然の中に顕現する曲線を豊かに表現したモデルニスモの芸術家たちが造り上... ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 4

2009/05/27 21:45
バラの季節
バラの季節 去年の今頃、「薔薇の里へ」という記事を書きました。今年も簡単に薔薇レポを書きたいと思います。何せイランは薔薇の原産地のひとつであり、薔薇水はイランの名産品ですから。過去に書いたことと重複する部分は書きませんから、ぜひ去年の記事もご覧になってください。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 6

2009/05/22 22:23
イスタンブル慕情
イスタンブル慕情 自らの出生の地以上に心が縛り付けられる。縁もゆかりもない街に郷愁を感じる。 心の中の叫びに耳を澄ますと、自分の人生にとって大きな意味を持った土地がいくつか浮かび上がってくる。 例えば、サハラ砂漠は私にとってとても重要な場所だ。他のどの場所よりも私に直接的なインスピレーションを与えてくれる。だけど、今回の話は「都市」に限定したい。 ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 2 / トラックバック 1 / コメント 6

2009/05/11 20:57
ギリシャの独立記念日
ギリシャの独立記念日 中途半端になっている旅の話に戻ります。 ...続きを見る

かわいい ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 6

2009/05/08 00:00
ロバとロバ・グッズのお披露目会(笑)
ロバとロバ・グッズのお披露目会(笑) ギリシャとイスタンブールの旅話をUPしたくてずっとうずうずしているのですが、以前からのネットの不具合に続き、この10日ほどパソコン本体にもいろいろ問題が生じ、簡単な作業を実行することさえ困難になってきました。例えば、一度のウィルス対策ソフトの更新に20分もかかり、その間は他の作業を全くできない、そして、そうこうしているうちにパソコンがフリーズするという異常事態に陥ったため、さすがに対策を打たねばと思い始めたところ。 ...続きを見る

かわいい ブログ気持玉 6 / トラックバック 0 / コメント 14

2009/04/28 00:54
「音楽活動」@アテネ
「音楽活動」@アテネ 前回、「音楽活動」などという仰々しいタイトルを付けてしまったところ、数名のミュージシャンの方が見に来てくださった形跡があったので、とても恐縮しています。ご覧の通り、音楽活動・・・どころか、音楽リサーチにもなっていませんから!前もって言いますが、今回も同じラインで行きます(笑)。何しろ、音楽を中心に据えた旅というわけではなかったので。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 10

2009/04/20 21:55
「音楽活動」@イスタンブール
「音楽活動」@イスタンブール ようやく旅の詳細を書き始めます。 毎回旅のことを記すとき、何から書き始めよう?と悩みます。もちろん、日付けを追って書いていっても良いのですが、私の中では、旅の期間起こった出来事をそのまま書きたいわけではないという気持ちもあり、いつもどちらかというと、テーマに沿った形式で書いていくことになっているように思います。 今回もやはりそういう形にしたく、今日はイスタンブールで触れた音楽について書くことにします。次回はギリシャ(主にアテネ)の予定。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 6

2009/04/16 18:54
とりあえずトルコ&ギリシャで買った音源の一部
とりあえずトルコ&ギリシャで買った音源の一部 旅のことを綴り始める前に、今回の旅行中に買ったCDの一部を写真でUPしておきます。 上がギリシャ、下がトルコ。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 12

2009/04/14 18:23
早春のイスタンブールとギリシャへ
早春のイスタンブールとギリシャへ イランの新年(3月21日)以来の更新となります。新年以降雨の日が続くテヘランですが、日に日に街路樹(プラタナス)の若葉が成長し、普段は埃っぽいテヘランが、ここのところ淡い緑に靄がかって見えるのもなかなか素敵です。去年の初春は殆ど雨が降らず乾いた春を迎えましたが、イランの本来の初春の姿は、雨模様だということ。年間を通して雨が少なく、極度に乾燥したイランの大地に住む人たちは、雨の匂いに特別な感慨を抱いているようで、「雨の香り」という名の香水があったり、イランのポップスにも「雨の匂い」という語がしばし... ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 4

2009/04/14 04:19
イラン写真紀行(その3)
イラン写真紀行(その3) 今日の「写真紀行」は、「世界の半分」エスファハーンです。 前回の写真紀行で、アゼルバイジャン地方に興ったサファヴィー朝(1501-1736)のことと、その最初の都タブリーズ、その周辺地域を写真でご紹介しましたが、今日は、後に遷都しサファヴィー朝の都となったエスファハーンの風景をお伝えします。 エスファハーンでは、同王朝の豪華絢爛な文化が花開いていきます。イラン(いや、むしろペルシャですね)と聞いて一般の人が思い浮かべるものの殆どが、このエスファハーンに、そしてサファヴィー朝時代の文化にあると... ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 8

2008/07/11 04:53
イラン写真紀行(その2)
イラン写真紀行(その2) 今日の写真紀行は、イラン西北部のアゼルバイジャン地方を主に取り上げます。 昨日巡ったカスピ海沿岸のアスタラ(アースターラー)、マースーレ村から西へ向かい、アルダビール州の州都、アルダビールを目指します。アルダビールはもともとアゼルバイジャン州だった場所。今でも住民の大半はアゼリー系(アーザリー、アゼルバイジャン系イラン人)の人々。街中を歩いていて耳に飛び込んでくる言葉の殆どは、ペルシャ語ではなくアゼリー語。アゼリー語のことを、彼ら自身は単に「トルコ語」(なぜならアゼリー語はトゥルク系の言語なの... ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 4

2008/07/07 03:25
イラン写真紀行(その1)
イラン写真紀行(その1) 今日から何回かに渡って、今年に入って旅したイラン各地の風景を写真でお伝えしたいと思います。 旅日記という形を取りたかったのですが、あまり時間も割けないし、季節はずれのネタが増えそうなので、とりあえず写真とキャプションのみをUP。今後時間が出来れば文章も加えていくかもしれません。 ...続きを見る

かわいい ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 6

2008/07/06 04:10
トルコ紀行〜アンカラでピクニック?
トルコ紀行〜アンカラでピクニック? トルコの旅の続きです。今日はアンカラ。とは言っても、たった一日滞在しただけでは街の深いところまで知ることはとてもできませんでした。が、今回はアンカラに詳しいトルコ人が一緒だったことや、前回の訪問と違い天候が良かったことなどもあり、2月の訪問時よりはアンカラに対する印象は良かった気がします。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 5

2008/06/29 22:39
トルコ紀行〜ディヤルバクル編
トルコ紀行〜ディヤルバクル編 今年に入って旅が生活の一部となっているものの、ブログ上での旅の報告はまったく習慣化できていません。1月のmondoさん、りーずさんと行ったヤズドや、その直後のエスファハーン・シーラーズへの豪華旅行、ノウルーズ(新年)に行ったイラン北部地方、5月〜6月にかけて友人達と周ったイラン各地など、全ての旅の軌跡を思い返して旅日記を書くことは、もはや時期外れであるばかりか、自分の中で精神的負担にさえなってしまいそうです。但し、これらの旅ではたくさん写真を撮りましたし、イランの美しい風景をぜひお見せしたいとい... ...続きを見る

驚いた ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 8

2008/06/25 20:36
薔薇の里へ
薔薇の里へ 旅の途中ではありますが、今日は写真をメインに旅の中間報告を。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 2

2008/05/28 16:22
ジプシーを巡る旅(そして、果てのない旅の途上へ)
ジプシーを巡る旅(そして、果てのない旅の途上へ) ブーシェフル第2夜。それは、熱狂的で生のエネルギーに満ちた海辺の音楽と、気さくなジプシー・ミュージシャンとの出逢いにより、今後の取材の成功をも予感させてくれる夜となりました。しかし、一夜明けてみると、またしても熱帯性の気候に呼応するかのような気だるい午後が、私たちの前に待ち受けていました。ともすると、限られた時間を無為に過ごすことに我が身を順応させてしまいそうになる危険性を孕んだ午後・・・。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 10

2008/05/05 04:28
ジプシーを巡る旅(ブーシェフルの夜)
ジプシーを巡る旅(ブーシェフルの夜) ブーシェフルに着いた翌朝、私たちはB氏等に紹介してもらった「ジプシー・ミュージシャン」からの連絡を待ちました。前の日の晩の打ち合わせでは、この日ミュージシャンが私たちの滞在先に現れてくれる予定だったのです。しかし時計の針が進んでも当のミュージシャンA氏が現れる気配はありませんでした。電話番号を伝えられていたアリレザに連絡を取ってくれるよう頼んだものの、「やる気」消失気味(?)のザルギャルたちは、なんだか気が進まない様子でした。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 2

2008/05/03 01:19
ジプシーを巡る旅(海辺の旧市街へ)
ジプシーを巡る旅(海辺の旧市街へ) シーラーズでの調査を終えた私たちは、次の目的地、ペルシャ湾岸の街ブーシェフルへ車で向かうことになりました。シーラーズから約300kmほど南西に下ったところにあるブーシェフルへ向けて私たちが出発したのは、午後4時を回っていたと思います。例によってグダグダな時間を親戚宅で過ごし(以前の日記を参照してくださいね)、「ブーシェフルに本当に行くのか?」なんて、今さらな発言をするザルギャルたちを制御(?)しつつ、私たちは先を急いだのです。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 2

2008/04/30 23:41
ジプシーを巡る旅(ガシュガーイーという人々)
ジプシーを巡る旅(ガシュガーイーという人々) 前回予告したように、今日は主にガシュガーイー族のことを書いてみたいと思います。 シーラーズ市内や近郊に多く住むガシュガーイーという人々がどういう人々なのか、写真を提示しながら(主に衣装の紹介になりそう)簡単に書いてみたいと思います。今日は先に予告しますが、写真中心になります。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 12

2008/04/28 05:48
ジプシーを巡る旅(新たなジプシーとの出逢い)
ジプシーを巡る旅(新たなジプシーとの出逢い) ヌスラットの希望により観光旅行で幕を開けてしまったイランのジプシー取材。しかし実は、シーラーズに到着したその日の夜、すでに今後の取材のある程度の成果を予感させるような人物との出逢いがありました。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 2

2008/04/24 17:18
ジプシーを巡る旅(こぼれ噺〜ジプシーとの旅)
ジプシーを巡る旅(こぼれ噺〜ジプシーとの旅) 今日は「こぼれ噺」ということで軽めの話題を。 それと以前予告していたとおり、2月に書きかけのまま終了できなかった前回のシーラーズへの旅日記を補足する意味も含め、ふたりのザルギャルと巡ったシーラーズの旅の記録を写真と共に記したいと思います。というわけで、今日の話題は直接的にはジプシー取材とは関係ありませんのでご了承を。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 7

2008/04/22 23:23
ジプシーを巡る旅(ザルギャルにまつわるあれこれ)
ジプシーを巡る旅(ザルギャルにまつわるあれこれ) イランでの「ジプシーを巡る旅」。具体的な旅のマップを描き始める前に、旅に出る前の出来事について少しだけ書いておきたいと思います。 旅そのものを描いて行った方が、楽しく興味深い日記になることは解っているのですが、旅の記述を始める前段階として、今回書くことは最低限必要な予備知識を含む内容だと思うのです。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2008/04/19 13:54
ジプシーを巡る旅(イランの調査の鍵を握るのは・・・)
ジプシーを巡る旅(イランの調査の鍵を握るのは・・・) 「ジプシーを巡る旅」もトルコ編を終え、いよいよイランへ入ります。すみません、まだしばらく終わらないんです(笑)。 半月ほど前に「ジプシーを巡る旅」の導入部分を書いた際、関口さんにとってトルコに続きイランもまた2回目の調査・取材旅行となった旨を記しました。また、今回のイランの調査では、驚くべき発見があったとも記しました。それは、ジプシー研究においてイランがとても重要な地であるということを自ずと納得させてくれるような出来事でした。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 9

2008/04/17 02:55
ジプシーを巡る旅(ミュージシャンを巡っての「珍道中」)
ジプシーを巡る旅(ミュージシャンを巡っての「珍道中」) トルコ滞在最後の日。この日のスケジュールは、イスタンブールでのミュージシャンへの取材。 Mくんは当然のこととして、関口さんも、私にとってさえも、イスタンブールは慣れている場所であったにも関わらず、この日の取材行程は、トルコの旅の中では最も時間や諸事情に振り回された・・・というか、なかなかの珍道中となりました。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 2

2008/04/15 06:03
ジプシーを巡る旅(国境の街)
ジプシーを巡る旅(国境の街) トラキア地方2箇所目の訪問先は、ブルガリアとの国境の街、エディルネ。クルクラレリからさらに西へ西へと車は田園地帯を走り抜け、1時間ほどでエディルネの街に到着しました。 国境の街にはどこも独特の雰囲気が漂っているものですが、このエディルネも然り。勿論、国境地帯が不穏な地域では(中東ではそういう国が殆どだと思われるけれど)、国境沿いでは物々しい警備が敷かれ重苦しい雰囲気が肌に感じられる場合もあります。一方、エディルネの街は、どこか開放的で明るい雰囲気に包まれていました。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2008/04/12 21:29
ジプシーを巡る旅(ミュージシャンの里へ)
ジプシーを巡る旅(ミュージシャンの里へ) アンカラでの取材を終え一旦イスタンブールへ戻った次の日、私たちは次なる目的地、トラキア地方へ向けてMくんの運転する車で出発しました。ここで、キュートな旅の道連れが一人加わることになります。人物像について詳細は書きませんが、若い女性が加わった旅には(私自身が「若くない」という意味ではない!)、ほんの少し春めいた華やかな雰囲気が添えられました。何せ今の今まで、道中も取材先も男だらけの世界でしたから(笑)。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 4

2008/04/10 22:18
ジプシーを巡る旅(都市の抱える矛盾)
ジプシーを巡る旅(都市の抱える矛盾) アンカラにあるジプシーの集落の情報を花屋と靴磨きから得た私たちは、早速に車での移動を開始しました。 その日の行動の詳細な記憶が今となっては私の中で曖昧になってしまったのですが、まずは集落があると聞いた地区、フドゥルク・テペ(「テペ」はトルコ語で、「丘」)という場所へ向かいました。 丘の麓に事務所を構えたフドゥルク・テペの長(この地区の行政上のチーフ。ジプシーではありません)は、我々を暖かく迎えてくれました。そこで情報収集が始まります。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 6

2008/04/08 21:45
ジプシーを巡る旅(「情報屋」の探し方)
ジプシーを巡る旅(「情報屋」の探し方) 「花屋と靴磨きだ!」 これは、ジプシーの集落に関する情報源が途絶え、アンカラでの調査が行き詰りそうになった時、関口さんの口から発せられた言葉。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 2

2008/04/06 22:30
ジプシーを巡る旅(アンカラという場所)
ジプシーを巡る旅(アンカラという場所) イズミールでの調査を終えた次の日、私たち3人は飛行機でトルコの首都アンカラへ向かうことになりました。旅の「導入」の部分でも書いたとおり、クルド地区の不穏な状態を懸念し、当初訪れる予定だった南東部のディヤルバクル行きを取りやめた結果、アンカラを急遽次の調査地域として決定したためです。 国土が東西に長いトルコ。エーゲ海沿岸の都市である、明るい陽光差すイズミールから、まだ冬を越せず寒気の残る、丘陵に囲まれた内陸のアナトリア高原への旅は、トルコという国の多面性を体感するには十分の効果がありました。 ... ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 2

2008/04/04 21:22
ジプシーを巡る旅(過去に対する関心)
ジプシーを巡る旅(過去に対する関心) ウルラの集落を訪れた翌日。再び朝からロマ・カルチャー・ファウンデーションを訪れます。 この日、Y氏との短い会談の後、事務所に新たな面々が訪れました。 スーツ姿できっちりキメた彼らは、イズミールから南に車で1時間強の場所にある、セルチュクという街に住むジプシーたちの代表ともいえる人物でした。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 2

2008/04/02 23:12
ジプシーを巡る旅(初めての集落訪問)
ジプシーを巡る旅(初めての集落訪問) 2月の終わり、約3日間(関口さんは1日半)滞在したイスタンブールの街を後にして、DoublemoonのMくんと共にイズミールへと旅立ちました。イズミールは、エーゲ海に面した人口100万人以上を有する工業貿易都市であり、場所柄、古くからギリシャ・ローマなどの地中海諸国との関係性が深い歴史も抱えています。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 6

2008/03/30 00:15
ジプシーを巡る旅(導入)
ジプシーを巡る旅(導入) 今だ殆ど頭の中の整理も気持ちの整理もできていない「ジプシーを巡る旅」ですが、今日から少しずつ何かを記していこうと思います。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 6

2008/03/28 23:47
旅を終え・・・
旅を終え・・・ 昨夜、小旅行から帰ってきました。今度こそは本当の「ただいま」です。 旅は大好きだし私の最大の生き甲斐なのだけど、珍しく、しばらくは家でのんびりしたい気分になっています。これからしばらくは旅にでることもないでしょう。 そろそろたまりにたまった旅の記録も整理したいですしね。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 2

2008/03/27 23:10
旅の完了とイランの新年
旅の完了とイランの新年 ご無沙汰しています。長い旅を終え、少し前にテヘランに戻って参りました。2週間前にトルコからテヘランに戻って来た際には、大雪に見舞われた厳しい冬を終えイランはすっかり春めいた陽気に包まれていました。その後訪れたシーラーズ、ブーシェフルでは、春の始まりというよりも、初夏のような日差しと気温に見舞われました。イランにも日本のように四季が存在するのですが、その移り変わりは決して穏やかで曖昧なものではなく、急激な変化を伴っているようです。イランで初めて春を迎える私にとっては、ビビッドな季節の変遷が衝撃的で... ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 13

2008/03/21 23:19
旅へ・・・
旅へ・・・ 先週、旅に出る前に先月の旅の一部でも記しておきたいと豪語したものの、結局シーラーズへの旅の記録ひとつさえも完了できませんでした。 「続きを楽しみにしています」等のメッセージを頂いたので、とてもとても恐縮ですが。 次の旅の日記ともリンクさせながら、シーラーズの旅の残りの部分も、後ほど書いて行きたいと思ってます。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 4

2008/02/22 01:26
信仰の形
信仰の形 シーラーズの旅の続きです。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 6

2008/02/18 04:13
旅三昧(まずはShiraz便り)
旅三昧(まずはShiraz便り) また更新をさぼってました。 先月は、2回旅に出て国内3都市も訪れたにも関わらず、全くブログ上ではフォローしきれずにいます。 そして今週は旅行ネタ以外にも、イスラーム革命勝利記念日(2月11日)や、ここ数年イランでもブームになってきたバレンタインデーもあったりしたわけだけど、全てスルーの状態です。本当は革命記念日の行進や集会の熱狂(あるいはイマームの殉教日同様、お祭り騒ぎをするためだけか、「さくら」として(?)動員されたので、おざなりにやっているだけというケースもあるんだろうけれど)や、バレン... ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 17

2008/02/16 01:45
ケルマンシャーへの旅
ケルマンシャーへの旅 また間が開いてしまいました。 私が生活を始めた当初、日本より一足先に秋を迎えたと思っていたテヘランだけど、その後、深秋の訪れを告げる雨も降らず、まるで季節が止まってしまったかのような日々が続いていました。先日、そんなテヘランを抜け出し、イラン西端部の山岳地帯に位置するクルド人の街ケルマンシャーへ、短い旅に出てきました。 旅路を一緒に歩んだのは、歌い手の慶九さんとセタール奏者のKさん。 この旅の主な目的は、慶九さんのお友達であるクルド人音楽家のファミリーが、ケルマンシャーのサフネという小さな... ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 12

2007/11/16 07:27
世界の路地〜サラエヴォ(ボスニア・ヘルツェゴヴィナ)編〜
世界の路地〜サラエヴォ(ボスニア・ヘルツェゴヴィナ)編〜 サラエヴォの街並みを思い出そうとすると、いつもぼんやりと脳裏に浮かぶ映像がある。いや、それは映像と呼べるほどはっきりとした形を取らない、むしろ、色の塊と呼んだ方が良い抽象的なものかもしれない。 それは、濃い靄がかかった夕刻の薄明に縁取られた家々の黒い影。対照的に、夕闇にくっきりと浮かび上がる生活の灯りのひとつひとつ。そして、街の中心へ向かってなだらかに落ちて行く斜面を、びっしりと埋め尽くす白亜の墓石群。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 9

2007/03/06 21:54
アランブラの夢〜suena LA ALHAMBRA〜
アランブラの夢〜suena LA ALHAMBRA〜 [sueña LA ALHAMBRA(アルハンブラを夢見て)] Enrique Morente(2005年) ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 8

2007/01/23 18:14
地中海の迷宮へ
地中海の迷宮へ ここのところ、なぜか周囲が「チュニジアめいて」いる。 アラビア語クラスに通っているからということもあるのでしょうが、かつてチュニジアに住んでいた人、この冬休みを利用してチュニジア旅行に出かける友人。そして先日は、このブログで過去に書いたチュニジアへの旅の記事に、久しぶりにコメント&TBを頂いたりしました。(英国日記さん、ありがとうございます。) ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 12

2007/01/06 19:23
ETHNOMANIAの旅~2006夏編L(CD-SHOP&本屋さん)
ETHNOMANIAの旅~2006夏編L(CD-SHOP&本屋さん) 先日よりブログ開設一周年に寄せて、あたたかいコメントを頂きありがとうございました。 ここのとこ、夏の疲れと眠気を理由に更新をサボり気味の私にとっては、強壮剤、いや、優しく身体に溶けていく薬のような(バファリン?)メッセージの数々でした。 そろそろ復活しなきゃ・・・。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 6

2006/09/15 23:58
ETHNOMANIAの旅~2006夏編K(バグダッド・カフェ)
ETHNOMANIAの旅~2006夏編K(バグダッド・カフェ) 9月に入っても続いている旅レポ。夏が終わりきる前に完成させなきゃ(いや、もうすぐ完了予定ではあるのですが)。 今日はちょこっと息抜きです。 バシチャルシャにあったお洒落なカフェ・バーのご紹介。 若者がたくさん集まって繁盛していたので、地元で人気のカフェに違いありません。 私も外観をひと目見ただけで、入らずにいられない衝動にかられました。 (いや、お店の雰囲気もさることながら、イケメン・ウエイターに釣られたという説も;) 『千夜一夜物語』を意識したかのような煌びやかで妖しげな雰囲気に誘... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2006/09/04 23:36
ETHNOMANIAの旅~2006夏編J(サラエヴォ新市街)
ETHNOMANIAの旅~2006夏編J(サラエヴォ新市街) オスマントルコ時代の面影を追いながらサラエヴォ旧市街のそぞろ歩きを楽しんだ後は、近代的な新市街の散歩を楽しみたい。どこの国でも、新市街と言ったら近代的な建物が立ち並び、味気ないオフィス街が迫ってくるのが相場ではあるけれど、そういった中にもそれぞれの国の特徴が見出せることがあります。たとえば、チュニス新市街は、フランス統治時代の瀟洒な白亜の建物群が並び、街路樹にヤシが植えられ地中海的な明るさを感じさせる首都の街でした。またブカレストは「東欧のパリ」と呼ばれた時代があったことからもわかるよう、フラン... ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 6

2006/09/02 22:19
ETHNOMANIAの旅~2006夏編I(バシチャルシャ)
ETHNOMANIAの旅~2006夏編I(バシチャルシャ) オスマントルコ時代の面影を色濃く残すサラエヴォ旧市街。その旧市街の中でも、最も賑わいを見せているのがバシチャルシャ(中央広場)と呼ばれている職人街です。 15世紀、ボスニアの地に侵入したオスマントルコは、サラエヴォをボスニア州の州都として統治しました。 もともとカトリック世界と東方正教の狭間にあったこの地では、キリスト教ボゴミール派が広がっていました。しかし、ボゴミール派は双方から異端視され、肩身の狭い思いをしていました。オスマントルコがこの地を支配した時、彼らはイスラームに改宗する道を選び... ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 3

2006/08/31 00:22
ETHNOMANIAの旅~2006夏編H(バシチャルシャの夜)
ETHNOMANIAの旅~2006夏編H(バシチャルシャの夜) ボスニア・ヘルツェゴヴィナの首都、サラエヴォに到着した日の夜、オスマン・トルコ時代の面影を色濃く残す、旧市街の中心地、バシチャルシャへと足を運びました。 バシチャルシャは、イスラームの国の旧市街によく見られるような職人街。 オーストリア=ハンガリー帝国時代の名残りが強く感じられるサラエヴォ新市街とは対照的に、イスラーム都市独特の賑やかさと、活気が伝わってくる。 しかし、他のイスラーム都市のスーク(バザール)のようなごちゃごちゃした空気感というよりは、こじんまりとして良くまとまった上品な印象... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2006/08/29 00:49
ETHNOMANIAの旅~2006夏編G(国境越え)
ETHNOMANIAの旅~2006夏編G(国境越え) まだまだ終わらないクロアチア〜ボスニア・ヘルツェゴヴィナ紀行。今日は2国間の国境越え(ドゥブロヴニクからサラエヴォへ)について記します。 もともと、6つの共和国からなる「ユーゴスラヴィア連邦人民共和国」というひとつの国家を形成していた旧ユーゴの国々。その分離独立が、決して平和のうちに達成されたものでないだけに、現在国境越えに際しいろいろ問題が伴う国同士もあるようです。 セルビアからボスニア・ヘルツェゴヴィナへ向かう場合など、その最たる例でしょう。セルビアからボスニアの首都サラエヴォへ入る場合... ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 4

2006/08/25 20:41
ETHNOMANIAの旅~2006夏編F(ドゥブロヴニクからの小旅行)
ETHNOMANIAの旅~2006夏編F(ドゥブロヴニクからの小旅行) 今日は、旅の最中参加したエクスカーションについて記します。 ドゥブロブニクの街中にはいくつか旅行会社があり、現地で様々なエクスカーションやツアーを申し込むことができます。 たとえば、近隣の島巡りや、もっと近場ではドゥブロヴニク旧市街の中をガイド付きで巡るツアー。それから、マルコ・ポーロの生誕の地として有名なコルチュラ島へ行くもの。国境を越えて、セルビアのコトルという街やヘルツェゴビナのモスタールというオスマン時代の街へ日帰りで行くものなどなど。全てのエクスカーションが毎日行われているというわ... ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 0

2006/08/16 18:05
ETHNOMANIAの旅~2006夏編E(ドゥブロヴニク・サマー・フェスティバル)
ETHNOMANIAの旅~2006夏編E(ドゥブロヴニク・サマー・フェスティバル) 私達がドゥブロヴニクに滞在した7月上旬は、街をあげてのサマー・フェスがちょうど始まろうという時季でした。 7月10日から始まったフェスティバルは、8月25日まで開催されていて、街中のありとあらゆる場所で、コンサートや野外劇を観ることができます。 あらゆる場所とは、例えば修道院や教会の中、あるいは中庭、要塞の上などなど。 主な催しはプログラムでチェックする限り、クラシックやジャズのようですが、私達がドゥブロヴニクを去った日の夜には、フォークミュージックとダンスも演じられていた様子。観られなく... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2006/08/13 22:21
ETHNOMANIAの旅~2006夏編D(戦争の傷痕)
ETHNOMANIAの旅~2006夏編D(戦争の傷痕) わが国が戦争を終えてから、既に60年以上が過ぎました。 この季節になると変わらずメディアは、広島・長崎特集を始め様々な戦争関連番組を組み、かつてあった戦争を国民の記憶から消さないよう促しています。 しかし、戦争はあまりにも遠い記憶となりつつあります。 現在、中東の地で砲弾の音が鳴り響いていても、ニュースでいくら惨状を見せ付けられても、それを我がこととして考えられるほどには、戦争は身近なものではないというのが現実です。 私もいつもの年はそうでした。 でも、この夏の旅において、美しい景観を... ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 12

2006/08/11 20:44
ETHNOMANIAの旅~2006夏編C(ボスニア料理)
「ボスニア料理って?」 今日は、あまり耳にすることも目にすることも口にすることもないかと思われるボスニア料理について記します。 今回の旅ではドゥブロヴニクから、ボスニア・ヘルツェゴヴィナの首都サラエヴォへ向かいました。短い日程の中の2都市訪問だったため、サラエヴォ滞在は僅か2夜のみでしたが、多文化が交じり合ったミクスチャーな香りがプンプン漂う街並みをできる限り堪能してきましたよ。 サラエヴォと言えば、人種の坩堝であり、私はこの表現があまり好きではありませんが、「東欧のエルサレム」と呼ばれて... ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 8

2006/08/03 20:49
ETHNOMANIAの旅~2006夏編B(ダルマチア料理)
今日は旅の間食べたお料理のご紹介〜クロアチア編〜ということで。明日、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ編をやる予定です。 タイトルに書いたダルマチアとは、クロアチア南部、アドリア海に面した細長い地方のことで、以前も書いたとおりダルメシアン犬の名前の由来ともなっている地域です。私が滞在したドゥブロヴニクはダルマチア地方の最南部に位置しています。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 9

2006/08/02 19:10
ETHNOMANIAの旅~2006夏編A(SOBEの窓から)
今日は、この前ご紹介したSOBEの窓から見えるドゥブロヴニクの旧市街と眼下の風景、正面に臨むことができる要塞やアドリア海を含んだ絵のような光景を、ETHNOMANIAを訪れてくださるみなさんと共有できたらと思っています。 使用しているカメラは一眼レフでもなければ、手振れ防止もしてくれない手のひらサイズの某メーカーのカメラですので、思うように撮影はできませんでしたが、雰囲気だけでもお伝えできたらと思います。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 4

2006/07/30 15:55
ETHNOMANIAの旅~2006夏編@(ドゥブロヴニクでの宿泊は?)
長い間お待たせしました。(全然、待ってない?)今日から少しずつ旅の話を綴っていこうと思います。久しぶりに文章を書くのはいささか緊張を伴いますね。文章力が急激に落ちている気がします。 更新をしていなかった間にも、おもしろいことやお知らせに値する出来事がいろいろありましたので、そちらも旅日記と平行してこれから書いていきますね。ですから、当ブログの内容に関して時間軸はバラバラですのであらかじめご了承ください。 さてさて、旅について何から書き始めようかと散々迷った結果、まずはユースフル・インフォメー... ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 12

2006/07/28 20:14
ETHNOMANIAの旅、終了。
15日早朝、旅より戻ってきました。 帰りはウィーンを経由し、22時間以上の長旅となったため、昨日おとといはさすがに疲れ果ててました。 でも、旅に出ていた間にもコメントを頂いていたようで、帰ってきてパソコンを立ち上げブログを開いた時、とても嬉しくなりました。 コメントをくださったみなさん、ありがとうございました。 お返事は明日にでもゆっくりさせていただきますね。 で、肝心の旅のレポートですが、もうしばらくお待ち下さい。これから一週間ほど非常に忙しい日々が続きます。アラビア語クラスの進級テ... ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 20

2006/07/17 01:27
ETHNOMANIAの旅~ドゥブロヴニクへ
今日も、今週末からの旅に向けて自分のためのメモを残したいと思います。(壁紙を地中海の街並みっぽいのにしてみましたよ!) なんだか現在日本列島に台風が近づいているらしく、週末の状況がちと心配です。短いお休みですから、万一飛行機が遅れたり飛ばなかったりしようものなら大変です。 さてさて、“どぶろく”(by questaoさん)・・・ではなかった、ドゥブロヴニクですね。今回の旅の主な時間は、アドリア海を挟んでイタリアの対岸にあるクロアチア南部のドゥブロヴニクで過ごすことになります。(参照:クロアチ... ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 16

2006/07/04 00:55
ETHNOMANIAの旅 ~2006夏編
今日からいよいよ7月ですね。 そして、ETHNOMANIAのカウンターが、いつの間にやら3万を越えていました。 2万アクセスから3万アクセスまでの間がなんだか短かったように感じるのは 先月、例の変なコメントがたくさん残されたお陰?!・・・いやいや、3万アクセス突破を素直に喜ぼうっと!訪れてくださる皆さん、いつもありがとう! そうそう、その後ご報告をしていなかったのですが、ウェブリ・ブログが迷惑コメント対策をしてくださったので、それ以降変なコメントはピタリとなくなりましたよ。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 10

2006/07/01 20:26
世界の路地〜ブラ・レジア&ドゥッガ(チュニジア)編〜
澄んだ碧空の下、地中海の陽光に輝く白壁に挟まれた路地を歩き、そして喧騒に溢れイスラームとアラブの匂いがプンプン漂う路地を迷うのも楽しいが、古の人々の息遣いを想像しながら瓦礫の中を彷徨うのはどうだろう。きっとここは、約2000年前に人々がお喋りをしたり散歩をしたりしていた「路地」の跡に違いない。そう、想像力を駆使しながら遺跡を巡るのも悪くない。 そんな空想を掻き立ててくれるローマ時代の遺跡が、チュニジアにはいくつも存在する。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 12

2006/06/21 18:40
世界の路地〜チュニス旧市街(チュニジア)編〜
人口約170万人を有するチュニジアの首都、チュニス(تونس)。 チュニスの列車の駅を降り立つと、あるいは、空港から市街地へ向かっていくと、そこではチュニジアがイスラームの国であることを忘れさせるかのような、フランス風の白い豪奢な建物の街並みが出迎えてくれる。大通りにはオープン・カフェが点在し、地中海の陽光の下、気ままにティータイムを楽しむ人々で賑わいを見せている。通りの名前には、フランスによる植民地時代を偲ばせるものが多数目に付く。街を行き交う... ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 6

2006/06/02 23:18
憧憬の地・・・それはイエメン
いつも地中海、地中海と叫び続けている私ですが、もちろん地中海地方以外にも行きたい場所、大好きな場所は存在します。 そのひとつが、イエメン。 「乳香の道」がその地を横切り、「シバの女王」のシバ王国が、千年もの期間繁栄を見せ、かつてはローマ帝国から「幸福のアラビア」と呼ばれた現在のイエメンに当たる場所。 現在は、アラビア半島一の貧しい国となってしまった南アラビアに位置するその国は、まだ観光客もさほど多くなく、中世の雰囲気、千一夜物語の世界を彷彿とさせる風景を有する魅惑的な国。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 10

2006/05/23 19:10
世界の路地〜シディ・ブ・サイド(チュニジア)編〜
碧い空に青い海、白壁に映える蒼い幾何学文様の鋲打ちドア、様々な種類のブルーが、軽いグラデーションを描く青の街。イスラームの街には様々な「青」があるけれど、チュニジアン・ブルーと言って真っ先に思い浮かぶのがここ、シディ・ブ・サイド(سيدي بو سعيد)である。この街では空と海と街並みの青がリズミカルに競演する。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 11

2006/05/18 19:18
世界の路地〜導入〜
ン!?突然路地ですか、なんて言わないでください。 何を隠そう、私は自称路地フェチ。 過去にこのブログでも、路地フェチであることを一度だけカミング・アウトしたことがあります。(どの記事でかは敢えて申しませんが) 旅から帰ってきて写真を現像すると、必ずと言っていいほど路地を写した写真が数枚あることには以前から薄々気付いていたけれど、ここ数年それがエスカレートして、記念写真の約1/3程を路地の写真が占めているという事態になっていました。あまり写真を撮らない私ですから、それだけ路地に対する思い入れ... ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 16

2006/05/12 23:24
春霞 in Romania
早くも4月に突入! 今年は桜の季節が例年より早く訪れ、至るところぼんやりと霞んだ桜の白に目が奪われて、歩みがついつい緩くなってしまいます。 新しい生活が始まるあわただしいこの季節、少し立ち止まって、緩やかに流れ行く時間を味わうチャンスを与えてくれる桜の風景。春霞を眺めていると、日本の自然は美しい!と、再認識できますよね。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 18

2006/04/02 19:11
ちょっと近い旅(ETHNOMANIAの旅番外編2)
COZY INN箱根の山に宿泊した翌日。 夜中にもやはり雪は降り続いていた様子。 ラウンジから外を見たら、一面の銀世界。そこに時折ぱっと陽が差すと、得も言われぬ美しさ。 雪自体久しぶりに見た私には、これだけで新鮮! 豪雪で災害が起こっている地方の方には申し訳ないけれど、私にとってはこれがこの冬の初雪で、葉の落ちた細い枝々に上品に積もる雪化粧は目に鮮やかに映りました。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 8

2006/01/14 00:30
ちょっと近い旅(ETHNOMANIAの旅番外編)
また間が開いてしまいました。 東北地方や新潟は雪で大変な事態になっていますね。 週末の雨で、雪崩が起きることが予想されるとのこと、本当に心配です。 料理好きの私としては野菜の値段高騰も悩みの種。 夏が猛暑だった一方、冬は極寒なんて、本当に過酷な1年ですね。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 2

2006/01/13 12:12
砂漠の旅(最後の日1)
砂漠の旅最終日は、チュニジア南部に点在するクサール*巡りに費やされた。 たくさん訪れる場所があるということで、朝8時にはクサールギレンのテントホテルを出発した。とても名残惜しい。最後にもうひと目砂丘を見ておきたいと思ったが、そんなことをしたら本当に離れられなくなってしまう、と思う。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2005/11/07 19:21
砂漠の旅(最後の日2)
2番目に訪れたのはドゥイレットというクサール。ここは現在は使用されておらず、すぐ正面に新市街が建設され、人々はそちらへ移り住んでいた。 この辺りの山々はアトラスサハリアンと呼ばれ、かなり古い地層を持っている。 クサールガ立っている山の正面にもすぐ別の山並みが迫っているのだが、それらは、いわゆるテーブル・マウンテン(mesa:つまりてっぺんが尖っているのではなく、テーブル上に平らになっている山のこと)。 赤茶けた山肌が何重もの地層になっていて、圧巻だ。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2005/11/07 19:20
砂漠の旅(最後の日3)
3番目に訪れたクサールはクサール・ウレド・スルタン。このクサールは非常にきれいな状態で残っているものだという。数十年前までは実際に使われていたものだ。 内部にも入ることが出来るが、大人だと背中を曲げ、腰を低くして入らないと頭をぶつけてしまうくらいの低さだ。階段の幅も、子どもの足のサイズにつくられている。さながら小人の館。ここでも、内部には麦の穂の残骸が残っていたりして、リアルな生活の跡を感じられた。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 2

2005/11/07 19:19
砂漠の旅(別れ)
夕方も近くなってきたので、我々が乗った車は北上し(正確には北東の方角へ向かい)、メドニンの街へと入った。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 2

2005/11/07 19:18
砂漠の旅(クサールギレン4)
翌日朝5時半に目覚ましをかけていた。 もちろん、サハラの日の出を見るためだ。 朝が苦手な私だが、見逃して後悔したくない一心から、5時40分には早々にベッドを抜け出し、ひんやりとした大気の中へと足を踏み出していた。テントを出ると、空は既に明るくなりかけていた。焦った! ところが、昨日から何かと私に話しかけてきていたホテルの従業員にまたしても捕まってしまった!夜勤で見回りをしていたのだろうが、それにしても良く出会う。 その彼が「日の出を見るのに特別の場所を教えてあげる」というので、怪しみな... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2005/11/05 22:51
砂漠の旅(クサールギレン5)
昼間の、中天から照らす強すぎる太陽の光線では見ることが出来ない風紋が、朝の光の下ではくっきりと見られる。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 2

2005/11/05 22:51
砂漠の旅(クサールギレン6)
昼前にアブデルと待ち合わせ、砂丘が広がる地帯にあるローマ遺跡跡へ車で向かう。 この場所はローマ人が3世紀くらいに要塞付きの住居として使っていたものの跡だが、後にフランスが殖民していた大戦中、やはり要塞として使用したという。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2005/11/05 22:51
砂漠の旅(クサールギレン7)
夕方再びひとりでホテル裏の砂丘へと向かう。 明日はもう砂漠地帯を離れ、チュニジアを北上する。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 2

2005/11/05 22:50
砂漠の旅(クサールギレン8)
日の入りにはまだ早そうだった。 砂丘には昨日よりも風が出ていた。 風は、砂丘の上を撫でるようにそっと通り過ぎていく。 夕暮れの金色の風を肌に感じるのは心地よかった。 ラクダステーションの方角では多くの人が砂漠に出て賑わいを見せ始めていた。 しかし、私が教えてもらったこの場所には人ひとりとして訪れない。 完全に私ひとりで「世界」を味わうことが出来た。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 2

2005/11/05 22:49
砂漠の旅(クサールギレン9)
夕暮れの砂丘からテントへ戻る途中、先ほどの東洋人の男性にばったり出会う。日本語で話しかけたらきょとんとしていたので、あわてて英語で言い直すと、感じよく挨拶を返してくれた。 日本人だと思っていた彼は中国系のフランス人だった。 職場旅行でチュニジアを回っているという。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 2

2005/11/05 22:48
砂漠の旅(マトマタ)
ドゥーズのホテルを9時に出発した車はチュニジアでは数少ないベルベル人が住むマトマタ地区へと向かっていた。マトマタへの道は平原を走る今までのコースとは違って、すぐに、蛇行する山道を走るコースへと変化した。 今日は砂の街、クサール・ギレンへ向かうのだが、その途中、山岳地帯にあるベルベル人の穴居を訪れるのだ。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 2

2005/11/04 18:44
砂漠の旅(クサールギレンへの道)
マトマタを過ぎてからは、車窓の風景が一変した。 車は相変わらず山道を走り続けていたけれども、でこぼこと起伏する赤茶けた岩山が、文字通り月面の様相を呈してきたのである。(写真) マトマタの集落を過ぎてからは民家を見かけることも人の姿を見かけることも絶えてなくなっていた。 ときおり旅行客を乗せた旅行社の4WD車とすれ違うのみ。 最果ての地へと向かうムードが一気にたかまってくる。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2005/11/04 18:43
砂漠の旅(クサールギレン1)
クサールギレンは期待に違わず、最果てを思わせるに足る風景が広がっていた。 日本語の「風景」や「光景」という言葉は砂漠の地にこそふさわしい気がする。風の景と光の景。風が砂漠の形を変え、光が色を変える。風と光の絶妙なシンフォニーで砂漠の芸術的なシーンは成り立っている。 ...続きを見る

驚いた ブログ気持玉 1 / トラックバック 1 / コメント 2

2005/11/04 18:43
砂漠の旅(クサールギレン2)
我々4人は砂丘の一番高いところにのぼり、西を向き日の入りを待った。 私とムスタファが並んで座り、KさんとK太さんは少し低い位置に座り並んだ。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 1

2005/11/04 18:43
砂漠の旅(クサールギレン3)
その夜、アブデルを誘い、夜の砂丘を散歩した。テントからあまりにも離れると危ないということで、テント群の明かりが見える範囲で歩いて移動し、砂丘に腰を下ろす。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 2

2005/11/04 18:42
砂漠の旅(砂漠の饗宴)
ドゥーズの砂漠の夜。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 7

2005/11/03 17:33
砂漠の旅(ショット・エル・ジェリド)
しばらくご無沙汰してました。 先週ひどい風邪をひいたためにできなかった仕事をいろいろと片付けているうち、あっという間に週末3日間が経ち、ブログ更新できずに新しい月に突入。みなさんは風邪にお気をつけください。私はこの冬はもうひかないぞ! ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2005/11/01 17:13
砂漠の旅(ドゥーズ1)
ドゥーズには9時過ぎに到着。 アブデルが言うには8時がピークということだったが、市はまだまだとても賑わっていた。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 2

2005/11/01 17:13
砂漠の旅(ドゥーズ2)
スークを出て、さらに歩くと、家畜市も行われていた。 いるわいるわ羊の群れ、ヤギの群れ、ウシの群れ、ロバの群れ、ニワトリの群れ、それにラクダの群れ! まだトラックに積まれたままのヤギさんや羊さんもいて、手を差し伸べるとしきりににおってきたりして、けっこう人懐っこくてカワイイ!! ロバを買って帰りたい!! ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 2

2005/11/01 17:12
砂漠の旅(ドゥーズ3)
午後からはチュニジアで初のラクダ乗りへ。ドゥーズから10km西へ行ったザフランにラクダステーションがある。まだ、本格的な砂の世界への入り口に過ぎないとはいえ、ザフランからのツアーでは一応小さな砂丘を見ることができる。参加したのは小一時間ラクダに乗って歩いて帰ってくるコース。1時の暑い盛りに砂漠へ出たけれど、ツアーに出る前にアブデルが頭にターバンを巻いてくれていたので、直接の日差しを防ぐことができ、快適だった。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 4

2005/11/01 17:12
砂漠の旅(ドゥーズ4)
写真はツーリスティック・ゾーンにある2つ星のホテル・サハリアンの庭。ホテルはナツメヤシの林の真ん中に立っていて、自然とうまく溶け合っています。 オアシスでナツメヤシの下がどういう風になっているかが、よくわかる造りになっています。 庭にはブーゲンビリアや夾竹桃などの南国の花が咲き乱れ、とてもエキゾチック。 それにサンド・ベージュとオアシスの緑という単調な色合いが続いていた後だけに、花々の鮮やかな色の競演は目の滋養になりました。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 3

2005/11/01 17:11
砂漠の旅(タメルザ渓谷1)
少し間が開いてしまいましたが、今日も砂漠の旅の続きをさせていただきます。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 6

2005/10/28 22:01
砂漠の旅(タメルザ渓谷2)
3つめに訪れたのはミデスのオアシス(写真)。 このオアシスは本当にアルジェリアに近いところにある。 写真をみると分かるかと思うが、このオアシスは切り立った崖の上にある。 「バルコニー・オアシス」と言われる所以。 岩肌には太古からの記憶がしっかりと刻まれている。 この場所は「イングリッシュ・ペイシェント」では、イギリス人の患者が回想の中で、朦朧と砂漠をさまよっているシーンとして使われた。 事故による手負いの恋人が、人ひとりいない砂漠の真ん真ん中の洞窟の中で何日も何日も、絶望しながらも... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2005/10/28 21:58
砂漠の旅(タメルザ渓谷3)
ミデスの周りは土産物屋が軒を連ねていた。売り物なのか演出なのか分からないけれど、崖にそって、こんなきれいな布(写真)が至る所で青空の下はためいていた。空と大地のコントラストがはっきりしているので、こんな色鮮やかな布がとっても映える。他にも絨毯が飾られていたりして、目障りな観光地の土産物屋も風景にうまく溶け込んでいました。 (続く「前記事へ」をクリック) ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 2

2005/10/28 21:55
砂漠の旅(オアシスの恵み)
最初に訪れたシェビカのオアシスは涼しげに水が流れ心地よかったし、タメルザのカスバ群も神秘的で美しかった。ミデスのバルコニー・オアシスも地層を成した渓谷の景観が別世界を思わせるに足りたけれども、全てのオアシスを訪れた後、トズールの街へ帰る時に見た夕日に染まるアトラスの山並みほど私を惹き付けたものはなかった。刻々と移り変わる空模様を背景に茜色から藍色に染まっていく山肌に勝る神秘性はいずれのオアシスも湛えていなかったように思う。やっぱり訪れる時間帯はとても重要。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2005/10/28 21:39
砂漠の旅(オアシス番外編)
オアシスの中はとても美しく、心地よい。ヤシの木の下にはオレンジやレモン、ザクロの木が茂り、その下ではモロヘイヤなどの野菜が植えられている三段構造。 ナツメヤシはちょうど収穫の時季を向かえ、実もたわわに実っていた。 ヤシの木陰にはロバがつながれていた。 私はロバが大好き! 思わず近寄ると、ものすごい声をだして、威嚇されてしまった。 こわがらせてしまってごめんね。 (続く「前記事へ」をクリック) ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 3

2005/10/28 21:39
砂漠の旅(トズール最後の夜)
その日の夜もソニアの宅を訪れた。 お母さんが明日帰って来られるというので、ソニアは家中大掃除をしていた。 私も手伝わざるを得なくなる。 するとお父さんがやってきてアラビア語で何かを言っていく。 私には自然な早さの会話を聞き取るほどのアラビア語力はない。 ソニアが通訳するには「旅人は疲れているんだから、働かせてはいけない」とのこと。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 2

2005/10/28 21:38
砂漠の旅(ネフタ)
トズール滞在3日目は、アルジェリア国境近くのいくつかの街を訪れることに費やされた。 私は昔から国境という言葉に大きなロマンを感じている。陸の国境がない日本人の特性か。 たくさん旅行をしているイメージが私にはあるらしく、当然のように陸路の国境越えを体験しているものと友人・知人には見做されている。 が、実は、旅行もさほどしていないし、陸路国境越えの経験もないので、国境というものに、根拠のない憧れを抱いているのだ。実際には争いの結果であったり原因であったりする国境線。ロマンチックとは程遠い。... ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 4

2005/10/26 17:03
砂漠の旅(導入)
(c)EDITIONS COLORAMA-TUNIS チュニジアで購入した絵葉書きより(クリックすると大きくなります) ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2005/10/25 19:09
砂漠の旅(トズール1)
チュニジアの首都、チュニスからバスで約8時間。 長距離バスだから観光客がたくさん乗っているものと思いきや、チュニジア人しか乗っていなそうなおんぼろのバスに揺られてチュニジア南部の玄関口トズールへやってきた。 ここ、トズールは小さな街にもかかわらず、サハラにもっとも近い主要な都市なので国際線も発着している。おそらくヨーロッパの人たちは直接飛行機で来るのだろう。ヨーロッパからなら飛行機で2〜3時間もあれば着く。ヨーロッパとの距離の近さを考えると、砂漠地帯だとは言っても地中海文化圏であることを... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2005/10/25 19:08
砂漠の旅(トズール2)
翌日、地中海沿岸の小さな白と青の街シディ・ブ・サィードで知り合いになった男性のご家族の家にお邪魔する。この家族は、トズールのメディナ(旧市街)の中、もともと14世紀に作られたという、砂と粘土を混ぜ合わせて作った日干しレンガの街ウルド・エル・ハデブ地区(トズール3の写真参照)にほぼ近いところに住んでいる。ここには、同年代の女性ソニアがいて、話に花が咲いた。 家族はシディ・ブ・サィードに出て働いている兄・姉以外に、この家にはソニアとかなり美形の弟(ジュード・ロウ似)とお父さんお母さんが暮らして... ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 4

2005/10/25 19:07
砂漠の旅(トズール3)
(砂漠の旅導入の方から順番にご覧ください。) ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 2

2005/10/25 19:06
料理の習得について
昨日ブログを始めたところ、早速NAKAさんからコメントをいただきました。 NAKAさんは、ワールドミュージックを始めとする、音楽のブログをなさっているようで、今後私がブログを続けていくにあたり、内容に関してたくさんの示唆を頂きました。コメントに書いていただいたアラブ音楽と地中海の音楽の交わるところで生まれた音など、まさに私も興味を持っている分野です。まだまだ知らないことだらけですが、そのうち思っていることなどを書けたらいいなと考えています。 が、今日は予告どおり、私がどのようにして、エスニッ... ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 7

2005/09/12 13:19

トップへ | みんなの「旅」ブログ

Welcom Map

welcommap
Welcom Map
ETHNOMANIA 旅のテーマ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる