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<<   作成日時 : 2009/05/11 20:57   >>

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画像自らの出生の地以上に心が縛り付けられる。縁もゆかりもない街に郷愁を感じる。
心の中の叫びに耳を澄ますと、自分の人生にとって大きな意味を持った土地がいくつか浮かび上がってくる。
例えば、サハラ砂漠は私にとってとても重要な場所だ。他のどの場所よりも私に直接的なインスピレーションを与えてくれる。だけど、今回の話は「都市」に限定したい。

私にとってそれは、大人になって長い時間を過ごし、現在の自分を形成した東京、それから、アラブの足音とざわめき、慟哭のこだまが反響するスペイン・アンダルシアのグラナダ(ここで見た夕焼けは、この世のものとは思えない美しさだった!)、そして文明と繁栄の「瓦礫」の上に建つ都、イスタンブール。

イスタンブールを初めて訪れたのは小雨降る初秋の肌寒い日だった。
この都市を私より前に訪れた日本の友人から得たのは、いずれも、ただただこの都市の経験してきた文化の混交とその豊かさ、都市全体を覆う「碧」の色、ボスフォラスに沈む美しい夕日とその黄昏、月夜に浮かび上がる神秘的なモスクの話だった。
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その耳から入るイメージ(あるいはテレビなどで見ることになる映像)のみに従えば、賑やかで歴史の浅い現代的な首都に住む身にとっては、自分の中に潜むエキゾチシズムへの憧れを適度に満足させるに足る、潤いある現代のイスラーム圏の一都市・・・である。
いやそれでも、上に挙げたイメージの中で、確かに「黄昏」という言葉は(この都市を実際に何度も訪れた後でさえも)この都市に不可欠の「記号」であり、この都市を端的に表すに足る言葉であるように思う。
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濡れた街路樹(すずかけ)や石畳から漂ってくるのは、繁栄の残滓。
海峡やモスクの尖塔を亡霊のように漂う靄や鴎の陰。
ヴィサンティンの剥げかけた城砦や裏通りで半壊したオスマン朝時代の家屋(これらはもちろん意図的にこの街に残されている)に染み付いた文明の崩壊の址。
遠くから鳴る汽笛、ジプシーの奏でるクラリネットの音色に潜む嘆きと諦念。

なぜか私の心に足跡を残したのは、いずれもイスタンブールのこうした「黄昏」の側面だった。
いや、私が見たイスタンブールの中には、確かに初夏の太陽に輝く碧い碧いモスクの群れもあったし、躍動する都市だけが持つ賑やかな通りもあったはずなのに・・・

喪失感と、拭っても拭っても晴れない靄と、霧の中を歩む感覚。
このなんとも言えない憂鬱の気配は、この魔の都をいつ訪れても私の心を支配する。

私が「憂愁(ヒュズン)」という言葉に出逢ったのは、この感情を持ってから何年も経ってからのことだった。
ノーベル文学賞を受賞したオルハン・パムクが、自伝的作品『イスタンブール 思い出とこの町』の中で、この街を表すのに「ヒュズン」という言葉を使用している。「ヒュズン」はイスタンブールを表すキーワードだ。
この作品に出逢った衝撃は計り知れなく大きかった。
アラビア語に起源を持ち、本来はクルアーンの中で「ヒュズンの年(ムハンマドの妻と伯父が亡くなった年)」として登場し、イスラーム神秘主義において、「神から離れている状態」を指していたこの語。
しかし、この土地においては、「イスタンブール人」の持つ独特の「憂愁」感、それは、個人的なメランコリーの感情というよりも、この土地に住む人が、失われた栄光の上に「共有」する、この街をこの街たらしめている共感覚のようなものなのだそうだ。(参考文献:『イスタンブール 思い出とこの町』オルハン・パムク 藤原書店2007年)

となれば、この街に縁もゆかりもない私が感じた喪失感・憂鬱感・寂寥感のようなものはいったいなんなのだろうか。

それは紛う方無き、自らのメランコリーの反映?
この魔の都は、個のうちに潜むやるせない感情を鏡のように反射する。

繕われた歴史的建造物のすぐ隣には、崩壊の痕と愁いの兆しが潜んでいる。

大モスクの裏にひっそりと通る石畳を何度もなぞり、その都市の懐に抱かれて幾晩も眠れない夜を過ごした。
黄昏から漆黒へ変わる空を眺めながら、様々な想いを重ねた。
黎明の時、海峡を飛んで渡る夢を見た。西から東へ。
重い重い身体を、海面に足をこすりそうになりながら、必死に宙(そら)に浮かんでいた。
その夢が暗示したものは何?
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イスタンブールは私に限りない夢を与えた。そして、その夢を一拭いに拭い去り、現実を見せてくれた場所。
金角湾に昇る月を眺めながら、憂鬱と戯れる・・・次にその機会が巡ってくるのはいつだろう。
私は、この都市を訪れるたびに、これが最後なのではないかと、心から、怖れる。






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タイトル (本文) ブログ名/日時
イスタンブール
  モスクの前で待ち合わせるのは夜。  月夜の晩に、ジャスミンの香りが漂う。  金角湾に浮かぶ、白い薔薇の花びら。  ヨーロッパの終着駅、イスタンブール。  青いタイル。  大粒のエメラルド。  金縁の小さなチャイのグラス。   影。  忍び寄る人影。  花陰に見える血の色。  スークの奥、迷宮。  バス。  逃避行のあと。  秘密の匂いは、月夜の晩に、薔薇の香りがする。  それがイスタンブール。  小説の読みすぎ?  陶酔癖?  思い込みは、真実への入り口。  夢は正夢。  棘の道、暗い道、... ...続きを見る
イスラミック・ブルー
2009/05/12 13:18

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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
先日、旧市街の一角・ファーティフに行って来たんですけど、まさにellyさんと同じような感情がこみ上げてきました。今住んでいる所なんて「憂愁」のカケラも感じないヨーロッパ的な場所。ところが旧市街は、私の持ついわゆるイスタンブルらしさで溢れているんです。町の匂いというんでしょうか、涙が出る程に懐かしさを感じたり。何なんでしょうねぇ、あれって。
私にとってのイスタンブルは、旧市街とベイオール。それ以外は別の町のような気がします。
yokocan21
URL
2009/05/12 15:41
私は、イスタンブールはもっと滞在してみないとだめだな〜と思いました。
共鳴してくるものがないのです。
ただ、「ルート」的には外せない処…
今年のヒエログリフは、ハットゥシャシュもよく出てくるので、またトルコ熱は上がりそうです。
イスブルからTBしたけど、制限している?

URL
2009/05/13 11:51
ああ!ファーティフの辺りって、まさにそんな感じですよね!「憂愁」が漂う場所。
この前イスタン詣でをした時、電話でyokocanさんが「イスタンに帰ってくると、『あ〜、戻ってきた』っていう感じがするんですよね〜」って、しみじみおっしゃってたのが、すっごく印象に残っています。もちろん、住んでいらっしゃるyokocanさんと旅行者の私では感覚が全く違うとは思いますが、ある感情を共有できたような気分になり、嬉しかったのを覚えています。
そうですよね、やっぱりイスタンブルのイメージを色濃く残しているのは旧市街とベイオールでしょうか・・・。実際、オルハン・パムクの本にもベイオールの写真(特にトゥネルの辺りだったかと)をたくさん掲載されていました。あの路面電車がまた「憂愁」なんですよね(笑)
それ以外の場所・・・郊外に向かって広がるTOKIの高層マンションなんかは、イスタンブルとは別物って感じがしますよね。
elly→yokocanさん
2009/05/14 02:51
ああ!TBごめんなさい。以前は制限していたのです、確かに。でも、今はチェックしてから公開するように設定していました。・・・というわけで、現在は見られるようにしました。
この文章を書いていて、自分で「あ、イスブルっぽいな」って思いました(笑)。・・・というか、つくづく碧さんと私って、ある部分でものすごく感性が似ていると思うのです。
イスタンブルは私も最初はこんなに自分がどっぷり感情移入(?)することになるとは思ってもいなかったんですよ。でも、今となってはすごく大切な場所。隣の国に住んでいるのに、今すぐ飛んでいけないもどかしさ(笑)。トルコ自体は、私はまだあまり見ていないのですが、古代史においてもアナトリアはすごく魅力的な場所ですね。私から見ても、碧さんはどちらかというと、アナトリアの方に惹かれるのでは?という印象を持っています。「地中海」ではないですけどね。ハットゥシャということは、ラムセス2世の時代・・・を読んでるのかな??
elly→碧さん
2009/05/14 02:57
イスタンブールはいまだ未踏の地なのでよくわかりませんが、「黄昏」ですか。。。。
確かに、繁栄の残骸から「黄昏」というのはわかりますが、それって、南欧的な夕暮れ的な感覚とはちょっと違いますよね?

昔、イタリアに初めて来た時に、現地にいる日本の方から「南欧に流れ着いた者は、夢に敗れて、でも、人生を斜にみず、流されていく者」が集まるなんて聞きました。今、考えると、それが「憂愁」なのかもしれません。

うまく言えませんが、いろんな「憂愁」があるんですね。
マーク
2009/05/26 20:56
うわ〜、素敵なコメント!ありがとうございます!
南欧の夕暮れも切ないですね〜。実際、西の国で見る日没はとても美しいし。「流されていく者が集まる」場所、南欧。私も南欧という地には、明るさよりも憂愁を感じます。特にスペイン、ギリシャかな〜(って、私、西欧・南欧はこの2カ国しか訪れてないのですが;)
イスタンブルの黄昏は、マークさんが書いてくださったように、やはり繁栄の痕や残滓からくるイメージだと思います。文字通り、海峡に沈む夕日は言葉に出来ないほど美しいですが、街の発展とは裏腹に路地のそこかしこに潜む斜陽の雰囲気が、イスタンブルの「黄昏」感、「憂愁」感を引き出しているというか・・・。うまく言えませんが。
elly→マークさん
2009/05/27 14:58

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