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zoom RSS イラン写真紀行(その2)

<<   作成日時 : 2008/07/07 03:25   >>

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画像今日の写真紀行は、イラン西北部のアゼルバイジャン地方を主に取り上げます。
昨日巡ったカスピ海沿岸のアスタラ(アースターラー)、マースーレ村から西へ向かい、アルダビール州の州都、アルダビールを目指します。アルダビールはもともとアゼルバイジャン州だった場所。今でも住民の大半はアゼリー系(アーザリー、アゼルバイジャン系イラン人)の人々。街中を歩いていて耳に飛び込んでくる言葉の殆どは、ペルシャ語ではなくアゼリー語。アゼリー語のことを、彼ら自身は単に「トルコ語」(なぜならアゼリー語はトゥルク系の言語なので)と呼んでいます。
アルダビールと言えば、イスラーム過激派神秘主義教団のひとつ、サファヴィー教団発祥の地。そして、サファヴィー教団の主イスマーイールが後に即位し、サファヴィー朝(1501-1736)を建設します。サファヴィー朝は、イスラーム世界で少数派のシーア派がイランの国教となる礎を作った王朝。後日ご紹介するエスファハーンは、後に同じサファヴィー朝時代の王アッバース一世が遷都し都となりましたが、この王朝の最初の都は今日ご紹介するタブリーズ(アルダビールよりさらに西。東アゼルバイジャン州の大都市)に置かれました。

上の写真は、サファヴィー教団の教祖、シェイフ・サフィー・ウッディーンと、イスマーイール王が眠るサフィー・ウッディーン廟外観。
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廟内部写真。
写真には残さなかったが、廟の入り口に掲げられたイスマーイール王の肖像画(美男!)が印象に残っている。

ここで、今日ご紹介する地域一帯の地図を示しておきますね。



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廟の正面で売られていた「ショマール(北部)」一帯で有名なヨーグルトのスープ。酸っぱいものが苦手な私にはこの味は頂けなかった(涙)。後ろに見えているのは遊牧民のテント。アゼリーの土地なのに、テントの中のデモンストレーション(遊牧民のパンを捏ねる様子など)はガシュガーイー(シーラーズ近郊に住む遊牧民族)のもの。

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わかり辛い写真でごめんなさい。
アルダビール州は、標高4811mのサバラーン山の麓に位置する温泉地サル・エインの温泉施設。一緒に訪れたイラン人によると10年ほど前には鄙びた小さな温泉街に過ぎなかったそうだが、街の規模自体も拡大し、一大温泉リゾート地(・・・とまでは行かないが)になっていた。
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街中では水着(当然のことながら日本のように裸で入るわけにはいきません)とバスタオルを派手に飾り立てた店が、道路の両脇に並ぶ。温泉施設自体は、私は残念ながら利用しなかったが、内部を見た人によると、バカンスで多くの人が訪れ、水はかなり汚れていたとか・・・。病気になりそうで入る気がしなかったとまで言っていた。数多く存在する施設の前では、順番待ち(と時間の予約)の人々でごった返していた。私たちが予約しようとしたところ、現在の予約だと7時間待ちで午前2時!からだとの返事・・・。
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この街の名物は蜂蜜。イランも偽装食材が多く、蜂蜜にもシロップを使用したものが多いのだが、サル・エインのものは純正蜂蜜なのだとか。天井まで高く積み上げられた蜂蜜が印象的。
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いよいよ憧れのアゼルバイジャン州へ。写真は東アゼルバイジャン州の大都市タブリーズのバーザール。1000年以上の歴史を持つという趣あるバーザールは、ゆっくり時間をかけて巡りたい。天井のドーム、薄暗い照明、通路を行き交う台車を引く人々・・・全てが、国境の地に近付きつつあるという私の旅心をUPさせてくれた。タブリーズのバーザールは、かつてマグレブの旅行家イブン・バットゥータも訪れた場所。バーザールを自分の足で巡る間、私の脳裏にはイブン・バットゥータの『大旅行記』の一節が頭を過ぎっていた。
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「キャラヴァン隊」の車は、さらに西を目指して進路を取る。東アゼルバイジャンのタブリーズから西アゼルバイジャンへ向かう幹線道路沿いにあったチャーイハーネにて。ここで話しかけられた言葉は全てアゼリー語。同行のイラン人がアゼリー系で本当に良かった!使い古したサマーヴァル(サモワール)には、鉱物の多いイランの水を反映し、真っ白なカルシウムの跡がこびりついていた。
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子どもたちの写真は、いくら撮っても全く飽きることがない。驚くくらいの素直で美しい笑顔でファインダーを覗き込まれると、なぜかこちらが照れくさくなってしまう。この後、近所の人々が集まり、大撮影会に。
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「写真に撮れ!」と、張り切って一張羅?の帽子を被って現れたオジサン。いい味出してます。
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この夜の宿(アゼリー系の人のお宅)として予定していたホイ(シャムセ・タブリーズィーが眠る西アゼルバイジャンの都市)へと向かう途中、ちょっと寄り道。アゼルバイジャン共和国とイランの国境線では、溜め息が出るほど美しい山並みが延々と続いた。残念ながら国境沿いの道では撮影が完全に禁止されているため、写真には残せなかったが、上の写真のような夕陽に染まる壮大な山並みを堪能しながら西へ西へと向かう。
辿り着いたのは、アゼルバイジャン共和国の飛び地、ナフチェヴァンとの境に位置するジョルファー。ジョルファーは、目と鼻の先にナフチェヴァンを臨む。ラジオから聴こえてくる言葉も音楽も、(イランに住む私にとって)エキゾチックなアゼルバイジャン語。言葉が、聞いた先から次々に零れ落ちて行く・・・。夕闇迫る中で、エキゾチックな音の「塊」を聞きながらの国境沿いのドライブは、強烈な印象を私の中に残した。
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ジョルファーは、アルメニア教会が残る小さな村。夕陽と同じ色合いのレンガが積み上げられた古い教会の壁と、淡い白を湛えたスモモの花、周囲を囲む山脈(まさに取り囲む感じだった!)とが、圧迫感を覚えるほどに私の胸を締め付けた。
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この地域の入り組んだ国境線が、イランのアゼリー系の人々の性質や心の在り方に、大きく影響しているように感じた。歴史上、度々動乱に巻き込まれた土地。そして私はこの旅でも、辺境の地に生きる人々に大きく魅了される・・・。
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次回は、後にサファヴィー朝の都となったエスファハーンへ移ります!


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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
いやいや、実に興味深いですね。
イランも広くてあと何回でも行ってみたいところですが、「イランさん、行ってもいいかしら?もう3歳の時みたいに「キライ」なんて言わないから(笑)
イランの水着の写真は無いのですか?
エジプトと煮ているかなあ?

2008/07/11 11:21
わ〜い!最近、毎回コメントいただいてますね。イランまた来られるといいですよね。私がいる間に・・・。アゼルバイジャンはおすすめです。
水着の写真はサルエインの街角で撮ったのですが、確かピンボケになってました。多分エジプトと同じだと思いますよ。
殆どはワンピース型だったと思うけど、女性にしか見られない場所でしか殆ど着る機会がないにも関わらず、けっこうセクシーなものもあった気がします。
elly→碧さん
2008/07/12 14:50
温泉好きなので「温泉」に反応してしまいました〜。イランも温泉があるのですね。
ellyさんがイラン温泉体験ができなくて残念だけど、温泉入るまでに7時間って、全然リラックスできないー(|||ノ`□´)ノ!! そんなに混んでたら確かに汚そうです…。
wacky
2008/07/16 22:21
温泉施設、実はイランに来てすぐの頃、別の錆びれた場所を既に体験済みです。あ、実際にはそこでも浸かってはいないんだけど、宿泊施設と温泉の様子をチェックしました。写真もあるのでそのうちUPするかも。温泉好きのwackyちゃん夫妻としては、イランの温泉も要チェック?!
elly→wackyちゃん
2008/07/21 21:14

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