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zoom RSS ジプシーを巡る旅(国境の街)

<<   作成日時 : 2008/04/12 21:29   >>

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画像トラキア地方2箇所目の訪問先は、ブルガリアとの国境の街、エディルネ。クルクラレリからさらに西へ西へと車は田園地帯を走り抜け、1時間ほどでエディルネの街に到着しました。
国境の街にはどこも独特の雰囲気が漂っているものですが、このエディルネも然り。勿論、国境地帯が不穏な地域では(中東ではそういう国が殆どだと思われるけれど)、国境沿いでは物々しい警備が敷かれ重苦しい雰囲気が肌に感じられる場合もあります。一方、エディルネの街は、どこか開放的で明るい雰囲気に包まれていました。

Mくんに聞くところによると、この国境の街は、トルコの保守的な現政権の政策に、国内で最も反感の意を表している場所なのだとか。そして確かに、街中でへジャーブを被っている女性の姿を見かけることも、いくらか少なかったように思います。

私たち一行は、国境の街ならではの物資豊かな商店やバザールを横目に見ながら、目的地へ向かって歩みを進めました。
アーチ状の屋根を抱く薄暗いバザールを抜け、初春の陽光差す屋外に辿り着くや、最初の目的地であるエディルネ・ロム・アソシエーションはその姿を現しました。
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アソシエーションが入る建物の周囲は、どれも2階のバルコニー部分がせり出した一部木造の家屋。典型的なオスマン様式の家屋建築だと思った私は、その旨を周囲の人に告げたのですが、彼らが言うには、アルメニア様式なのだとか(尤も会話は、旅の最中なんとなく覚えたトルコ語の単語からなる「なんちゃって」トルコ語だったので、どこまで通じたかは謎)。

アソシエーションで最初に私たちを出迎え、インタビューに応えてくれたのは若い女性でした。
その後、組織の代表E氏も登場し、その後も、アソシエーションに所属する人々が次から次に現れ、狭い事務所内はすぐにいっぱいになってしまいました。

ブルガリアとの国境という地域柄、もちろんのことブルガリアにルーツを持つジプシーが多いのもこの街の特徴。加えて、今まで訪れた街に比べ比較的失業率が低い(とは言っても、一般の失業率から考えたら信じられないくらいの率だが)のも、特徴と言えると思います。それにはやはり、国境の街ならではのビジネスの存在もあるのでしょう。
そして話を聞くにつれ、この組織の整合性や存在意義のようなものが段々に理解できたのですが、E氏の話で印象に残ったのは、この街のジプシーは教育に力を入れている、ということでしょうか。その結果、一般の社会に深く入り込んでいける人材も、いくらか生まれている様子でした。それには勿論、その土地における差別の度合いが少ないというバックグラウンドも必要となってくるでしょうけれど。

また、この事務所では、ロマニー語の教示も受けました。
関口さんは、今までのジプシー集落訪問の経験からロマニー語をいくらか解されますが、今まで学ばれたロマニーの単語とは違うものも多くあった様子。「ロマニー語」と一口に言っても、長い時間をかけて多くの国を移動していったジプシーたちの言葉ですから、少なからずその国々の言語の影響を受けているのが事実なのでしょう。
実際、イランにおいてもロマニー語をいくらか(文法まで含め)即席で教えてもらったのですが、明らかにペルシャ語の影響を受けている単語(特に動詞群)に出逢いました。
いずれにしろ、ロマニー語を習いたいという、またしても「語学オタク」の心をくすぐる束の間の時間となったことは事実です。

その後、ふたりのミュージシャンが事務所に現れ、ちょっとしたダンスパーティーが催されました。E氏の話を伺っていると、「ジプシー=ミュージシャン」というステレオタイプなジプシー像に、いくらか反感を覚えている様子でしたが、快く一組のミュージシャン(クラリネット&ダルブカ・プレイヤー)を紹介してくれたのです。
最初は大人しくミュージシャンを囲んで演奏を聞いていた面々も、ノリの良いリズムに「ダンス心(笑)」を触発されたのか、あるいは私たちに対するサービス精神からなのか、私が回すビデオカメラの前でステップを踏み始めました。当然のようにみんな異常にリズム感が良い!
そして素晴らしく画になることと言ったら・・・。ミュージシャンの方も、自分たちジプシー・ミュージシャンに何を求められているのかを良く心得ているらしく、超有名曲(ジプシー・ミュージックのレパートリーに限らずトルコ民謡の『ウスキュダル』まで)を次から次に演奏するといサービス精神に溢れた人たちでした。
リズム感が悪い私は、いつもこういった場面で身構えてしまいます。なぜなら、必ずと言ってよいほど踊りの輪に加わることを余儀なくされるから(ジプシーに限らず踊り好きな民族の前ではそれが当たり前??これ、イランの生活でも苦労している事実)。この時、幸いにも(笑)ビデオカメラを回していた私は、彼らの誘いを受けることもありませんでしたが、関口さんはいつかに続き、またしても犠牲に(笑)。
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そんなこんなで楽しい時間(笑)を過ごした私たちは、事務所から徒歩圏内の集落を訪れます。
この集落でも、あるお宅にお邪魔することになるのですが、珍しくここは女ばかりの世界でした。どういった家族構成だったか詳細を忘れてしまいましたが、ひとつの家に女たちが集い、編み物をしている最中でした。
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この家には、30を越える未婚の娘が一人いて、周囲はとても心配をしている様子でした。
「もうこの娘は一生結婚しないわ」と、冗談交じりに言っていましたが、実際結婚がとても早いジプシーの社会では、かなり深刻な問題なのだと思います。
女部屋(だいたいにおいて男に囲まれる機会が多かった調査期間ゆえに、女性ばかりのいる状況に置かれることを、私は「女部屋」と呼ぶことにしました・笑)にいなければ見えてこない話もたくさんあると思います。

このお宅の奥様たちは、果物の形をした石鹸を手作りし、バザールの中の店などに置いてもらっているとのことでした。先に通ってきたバザールでも確かに見かけた商品でした。
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また、イスラームの慣例に則った割礼の儀式の後に催される、街全体を巻き込んだパーティーで踊り狂う人々の姿が収まった映像も見せてもらい、なかなか充実した時間を過ごし、この集落を後にします。
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実はこの後、アソシエーションの人の案内で別の集落にも足を踏み入れようとしたのですが、そこでは取材に至る前にストップがかかります。
ジプシーの集落を訪れるには、ジプシー自身の手助けが必要なのは当然のこととして、ジプシーとジプシーの集落の間にも勿論のこと様々な関係性(確執)があったり、もしくは一切の関係性がなかったりするわけです。
取材できなかったその地域のジプシーは、ガジョ(ジプシー以外の人間)に対してとても神経質で保守的だということでした。カメラを持って何気なくその集落のある路地に足を踏み入れた瞬間、すごい剣幕で女性が近寄ってきたことで、これまでずっと好意的に受け入れられてきたことによりいくらかあまくなっていた自分の認識に喝を入れられた気分になりました。

建築家ミマール・スィナーン作のセリミエ・ジャーミィを横目に見ながら、私たちはイスタンブールへの帰途に着きました。トルコの「ジプシーを巡る旅」も、いよいよ終盤へ向かいます。
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写真1:アソシエーション近くの集落にて。屑鉄を集めて生計を立てているジプシーたちの家屋の前にて撮影。
写真2:エディルネ・ロム・アソシエーションの建物がある路地の風景。
写真3:集落の路地にて。
写真4:集落でお邪魔したとある家庭にて。編み物をしながら会話に花を咲かせる女性たち。
写真5:女性たちが作る石鹸。
写真6:「家庭訪問」のあと、路地に出て見送ってくれる女性たち。
写真7:なんとも不思議な色合いの家屋。












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