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zoom RSS ジプシーを巡る旅(海辺の旧市街へ)

<<   作成日時 : 2008/04/30 23:41   >>

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画像シーラーズでの調査を終えた私たちは、次の目的地、ペルシャ湾岸の街ブーシェフルへ車で向かうことになりました。シーラーズから約300kmほど南西に下ったところにあるブーシェフルへ向けて私たちが出発したのは、午後4時を回っていたと思います。例によってグダグダな時間を親戚宅で過ごし(以前の日記を参照してくださいね)、「ブーシェフルに本当に行くのか?」なんて、今さらな発言をするザルギャルたちを制御(?)しつつ、私たちは先を急いだのです。

この日の夜には、ブーシェフルでの調査を手助けしてくれるB氏とのミィーティングを控えていました。どんなにスムーズに車が進んでも、その時間に間に合うかどうか既に微妙な時間帯となっていたのです。

シーラーズ→ブーシェフル間の移動を車でと予定していたことには、本来意味がありました。
イランでノウルーズ(新年)を控えた初春のこの時季、運が良ければペルシャ湾岸地域からシーラーズ方面へ向けて移動を開始した遊牧民の姿を目に収めることが出来ると聞いていたから。そして、遊牧民の移動を目にすることは、単なる「観光」が目的なのではなく、ザルギャルたちの調査にもしっかり絡んでくるものだと前もって解っていたから。
しかし、事はそう上手くは運びませんでした。第一、シーラーズの街を出てしまう頃には辺りは暮れかけていて、たとえ遊牧民の姿があったとしても、その風景に気付く可能性は少なかったと思います。

大きな成果もあったとは言え、私としてはなんとなくシーラーズに心を残したまま、かと言って、シーラーズにこれ以上の時間滞在して、さらにダラダラな時間に付き合わされたのではたまらないという複雑な想いを抱えつつ、ブーシェフルへ向かう貸切タクシーの中の時間を過ごしたのです。

画像
しかし、海辺の街へ向かい徐々に標高を下げていく山道の美しさは、疲弊した心を癒してくれるに足る、壮大で美しい景色の連続でした。イランは総体的に山がちな国で、4000メートル級の山々が連なる風景は珍しくありません。今まで旅した他の地域でもそれぞれ、ペルシャの叙事詩に詠われるような優美さと神秘性を湛える「山」の光景を見てきましたが、シーラーズ近郊の山岳風景の嶮しさは、いずれの風景にも増して、人間を突き放すような誇り高い自然の美に満ちていました。
未だ、例年になく厳しかったこの冬の名残を見せつける斑模様の雪景色。暮れかけた空の、底の見えない赤の色を覆い尽くしていく水蒸気、靄の中で不気味な影を見せ眼前に迫ってくる尖った山々。
夕刻の空を背景にした峻厳な光景はいつも、私に郷愁の念と同時に不安を呼び覚ますけれど、なぜかこの時は、大きな安心感だけが、私の心を支配していました。

この時の心理状態は、この後に抱えることになる様々な不安要素や問題をも覆してくれるような、音楽に彩られたハッピーな時間と、驚くべき発見の到来を予知しているものだったのかもしれません。

結果的に車がブーシェフルに到着したのは、約束の時間をとうに過ぎた夜10時近く。
しかし、電話で呼び出したB氏は、遅い時間であるにも関わらず、快く我々の宿泊地へと足を運んでくれました。
ブーシェフルでの調査の予定や見取り図を描くためのミーティングが始まったのは、10時過ぎ。
実は、ミーティングが始まってすぐに、B氏が急遽テヘランへ行かなければならなくなったという事実が発覚し、調査に対する不安要素が芽生えてしまったのです。しかし、代わりにこの日の夜は、彼がマネージメントを行うブーシェフルの音楽グループのメンバーのうち3人がホテルに足を運んでくれ(彼らはジプシーではないけれど、ブーシェフルというペルシャ湾に面した街の特徴を如実に表してくれるような、アフリカともインドともアラブとも言えない、というかどこの国の人とくくれないような不思議な顔立ちの人ばかり勢ぞろいした)、実際に取材を受け入れてくれるであろう重要なジプシー・ミュージシャンの名前を紹介してくれ、本人が次の日ホテルへ出向いてくれることになったのです。この時点では、ブーシェフルでの調査はうまく行きそうだぞ!という気配があたりを包んでいたのですが・・・画像

次回は、またしても難問続きのブーシェフルでの調査について。
そして、ブーシェフルの音楽について記します。

写真1:ブーシェフルのイメージ写真(笑)。
写真2:シーラーズからブーシェフルへ向かう途中の夕景。関口さんは、モンテネグロの山岳風景に似ていると言っていた。
写真3:アラブ風家屋と狭い路地が残るブーシェフル旧市街にて。海辺の潮を含んだ風と乾いた砂色の壁、シンプルなステンドグラスが彩る窓辺の明るい風景が、ブーシェフルの街にどこか開放的で独特の景観を与え、アフリカやアラブに向けて開かれた街であることを強調していた。










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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
しかし、バザールの夜景や山々の写真など(両方夜景ですが)、素晴らしく美しいですね。どうしてもアラビアン・ナイトをイメージしてしまいますが。ブーシェフルは、政治家の先生たちはよくブシェールと言われていますが、あれは英語読みでしょうか。Mahoorの4枚組みでも、特にインパクトがあったのがブーシェフルの音楽でした。生で聞けて良かったですね。
アルジェ辺りでも黒人が普通に歩いていると聞いたことがありますが(モロッコのグナワのような黒人系儀礼もありますし)、ブレンドした音楽の面白さは格別です。人々の顔立ちの不思議さにも現れていているようですね。
Homayun
URL
2008/05/02 01:47
イランの風景はどこを切り取っても素晴らしく美しいと思います。特に山の風景です、やっぱり。ブーシェフルを「ブシェール」とカタカナ綴りしているのは、英語の間違った読みを転写したのが最初なのだと思います。ブーシェフルは何年か前から核施設の問題で話題に上ったりしていますが、日本のメディアも殆どがブシェールと言っている気がします。
アルジェリアと言えば、彼の地はこの5年ほど、最も訪れたいと思い続けている国なのです。基本的に儀礼音楽など、トランス系音楽はCDで聴いてもあまり感動がないというか、感じるところが少ないのですが、生で聴くとその迫力に圧倒されてしまいますね。来年は、次の記事で触れた「アルバイン」の音楽を聴きに、ブーシェフルを訪れてみたい気がしています。アルバインの音楽については、数日中に書く記事で触れたいと思っています!(すみません、また記事中でZeAmiさんに無断リンク貼りましたが)
elly→Homayunさん
2008/05/03 04:25

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