前回予告したように、今日は主にガシュガーイー族のことを書いてみたいと思います。シーラーズ市内や近郊に多く住むガシュガーイーという人々がどういう人々なのか、写真を提示しながら(主に衣装の紹介になりそう)簡単に書いてみたいと思います。今日は先に予告しますが、写真中心になります。 一般にガシュガーイーと言えば、「遊牧民」として認識されている部分が強いと思います。 例えば、旅行者の間でも、ガシュガーイーのテントを訪問し、彼等の生業のひとつである絨毯(ギャッべ)折りの風景を見る、というものが人気観光のひとつになっているようです。 実際、未だ牧草地を求め春から夏にかけ、また秋から冬にかけ、遊牧を続けているガシュガーイーも多く存在するようですが、それはほんの一部であり、現在では大部分が定住生活を送っているようです。それは、ひとつにはイスラーム革命前の王制時代、ガシュガーイーの半強制的な定住化が進められた結果でもあるようです。実際、シーラーズに滞在中、多くのガシュガーイーに出逢い話を聞きましたが、特に現在40代前半ぐらいの人々の中に、子ども時代にはテント生活を送っていたけれど、学校の途中からシーラーズの街中に定住し、街の学校へ通うようになったという話も聞いたりしました。 今回の旅に出るまで、私の中で誤解していたことなのですが、「ガシュガーイー」とは、それ自体でひとつの民族であり、ガシュガーイーを構成する人々はひとつの集団からのみ成り立っているものだと思っていました。しかし、実際にはそれは違っていて、ガシュガーイーという大きな「部族」単位の中に、さらに小さな「氏族」グループがいくつも存在するというのが事実なのです。ペルシャ語からの訳が非常に難しいので(なぜなら日本語には存在しない概念だと思うから)、解りにくい説明となっているかと思いますが、ガシュガーイーを大きなグループ、その中に所属しガシュガーイーを構成するそれぞれの単位(氏族)を、小さなグループの集合体だと想定すれば、少しはその違いが解りやすくなるのではないでしょうか(余計わからない気も;)。この辺りのことは、旅の後、明石書店から出ている『イランを知るための65章』p.241〜にも少し触れてあることに気付きました。この本をお手元にお持ちの方は、ぜひご参照ください。ちなみに、この本において前者を「部族」、後者を「氏族」と訳してありましたので、ここでもそのまま、その用語を使用させていただきました。 そして「大きなグループ」としてのガシュガーイーは、ザルギャルたち同様、イランの歴史上大きな役割を果たしてきた時期があったようです。現在の時点で詳しく書くことはできませんが、そういった歴史上起こった出来事の中で、ガシュガーイーはザルギャルたちとの大きな関係性も抱えてきました。その、過去に彼らの間に存在した関係は、現在でも彼等の生活の中に色濃く残っていると言えると思います。それは、今回シーラーズでのザルギャルたちとの調査において、ガシュガーイーの青年Ch氏が、私たちをサポートしてくれた事実からも窺えます。 いずれにしろ、ガシュガーイーという人たちの特異性には目を見張るものがあると思います。現在のイスラーム共和国という国家体制の中にあって、彼等の色鮮やかな衣装はとても目立ちますよね。(特に頭のスカーフに注目!)彼らの衣装を見ていると、ガシュガーイーの間には「治外法権」が存在するのかとさえ思えた程です。 ガシュガーイーの人々とは、調査先のお宅でも何度も出逢いました。また調査中、ザルギャルたちの歴史の話を窺うために取材をお願いした、遊牧民研究を行っている著名な学者K氏も、ガシュガーイーでした。 ガシュガーイーと言えば、忘れられないのがこの子!↓ この子とは、シーラーズ滞在中、何度も顔を合わせることになったのですが、回を重ねるにつれ私と親しく(?)なっていきました。しかし、この天使のような風貌からは想像がつかない「悪がき」だったのです。 上の写真は、ガシュガーイーの、結婚式の時に着る衣装なのだそうです。民族衣装に身を包み、恥ずかしそうに写真に収まるその姿は、まさに天使!だったのですが、少しずつ彼女は本性を表していきます。 ザルギャル一族がザルギャル・トークに熱中したりお昼寝をしている日中の時間、私は彼女と庭に出て駆け回って遊んでいたのですが、しまいには私は、彼女から殴る蹴るの暴行を受けました(笑)。髪の毛はひっぱられるは、何はでもう大変!元来、子どもと遊ぶのは苦手なのですが、つくづく子どもを制御(笑)するのが不得手なのだと改めて気付かされました。しかしこの子、関口さんの前ではすっごく良い子なのです。良い子というか、恥じらいを見せる(?)と言った方が正しいか・・・。こんな小さな女の子から、しっかりと「女」を見せ付けられましたよ(笑)。 (話があらぬ方向へと進んでいます・笑) 閑話休題。 このように、たくさんのガシュガーイーの人々と触れあい、彼らに助けられ、おそらく二人のザルギャルからだけでは得られなかったような情報も多数得て、シーラーズでの調査はひとまず完了します。 実は、ガシュガーイーに会うことは、兼ねてからの私の夢のひとつでした。 今回は残念ながら、遊牧の形態を取るガシュガーイーには出逢えませんでしたが、その代わり、普通の旅行では触れることができないような貴重な情報に、ガシュガーイーの人々を通して直に接することができ、とても幸運だったと思います。肝心のロマの調査も、ある部分ではやきもきさせられたものの、大きな成果を得ることが出来ましたし、ガシュガーイーとザルギャルの関係性など、この旅を通さなければ見えてこなかった事実にもたくさん接することが出来ました。 少し残念なことに、シーラーズでは地元の「音楽」には殆ど触れることが出来ませんでした。音楽取材に関しては、ブーシェフルに持ち越すことになります。 シーラーズ周辺の音楽にご興味をお持ちの方は、ガシュガーイーの音楽をはじめ、ZeAmiさんで数枚取り扱われているようです(品切れ中かな・・・)。また有名な映画監督モフセン・マフマルバフの映画『ギャッべ』で、ガシュガーイーの素朴で荒削りな(いや牧歌的な)音楽を聴くことができます(多分、レンタルビデオ屋にあるはず)。 写真1:国会議員選挙直前、シーラーズで行われていたガシュガーイーの政党集会(コンサートと騙されて訪れた・笑)にいた、鮮やかな民族衣装に身を包むガシュガーイーの女性。この政党集会にいた女性たちは、みな民族衣装だったけど。 写真2:ザルギャルのファミリー巡りにて訪れたお宅で。ガシュガーイーの女性の民族衣装が華やかなのに対し、現在、男性の衣装を特徴付けるのは、頭に被ったこの帽子のみらしい。 写真3:同じく政党集会にて。こんな小さな子どもも、しっかりガシュガーイーの衣装。 写真4:1の女性のバックからのショット。 写真5:ガシュガーイーの学者K氏宅での取材風景。この日は、大勢のザルギャル(ちなみに全員男)とともに、お宅に押しかけた。ザルギャルたちは皆びっくりするくらい熱心にDr.Kの話に耳を傾け、時折一斉に声を上げ、議論を行った。なかなかパッションに満ちた夜だった。ちなみに後ろにある銅像は、ガシュガーイーの英雄、イスマーイール・ハーン。 写真6:天使か悪魔か??でも、この子のお陰で、私は随分子どものペルシャ語が聴き取れるようになった(笑)。 写真7:「天使」と関口氏。天使は一緒に写真に収まることを恥ずかしがって、かなり抵抗した。 写真8:ガシュガーイーの多く住む地区にある、ガシュガーイー専門(一部ロリーのものもあった)のテープ屋。この店、狭いながらもひっきりなしにお客が来店し、商売繁盛していた。テープ屋なのに、なぜか店の奥には専門書も積まれていて、私はここでDr.Kの著作も数点購入。ちなみに、現在「積ん読」状態ですけど何か?(笑) |
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| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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かわいい小悪魔に暴行を受ける姿を想像して |
リンダ 2008/04/28 11:12 |
ガシュガーイーは面白かったですね。 |
gen-chan 2008/04/28 23:10 |
綴りはQashgayiでしょうか。Qだから喉の奥の方で出すGみたいな音でしょうか。 |
Homayun URL 2008/04/29 00:22 |
小悪魔からは、男性が見ていない場所のみで暴行を受けました(笑)彼女はしっかり「女」なのです(笑)。 |
elly→リンダさん 2008/04/29 01:34 |
ガシュガーイーとも、いろんなことがありましたね。政党集会は、騙された! |
elly→gen-chanさん 2008/04/29 01:38 |
まず、許可無くZeAmiさんにリンクを貼ってしまった件、どうぞお許しください。 |
elly→Homayunさん 2008/04/29 01:54 |
ベドウィンとの比較は・・・。私はベドウィンの定義をはっきり認識していないのですが、ベドウィンという人たちも一民族の名前でなく、いろんな部族をまとめた総称であることを考えると、「大グループ」としてのガシュガーイーと似ているのかもしれませんね。 |
elly→Homayunさん 2008/04/29 01:58 |
ガシュガーイー、正しくはghashgayi(qashqayi)でした。yの文字が抜けていました。 |
elly 2008/04/29 03:02 |
お久しぶりです。 |
ざこ 2008/04/29 19:14 |
「世界の言語」(大修館)を見ると、確かにシーラーズ周辺がアルタイ系になっていました。ここに言語島が出来たのは興味深いですね。大分前にトルコ系というのを呼んだ記憶がありました。失念していました。映画「ギャッベー」で思い出しました。 |
Homayun URL 2008/04/30 00:39 |
お久しぶり!サジさんも元気? |
elly→ざこさん 2008/05/01 17:27 |
ファールス州のような、「ペルシャ」という言葉の基となった地域にトルコ語の言語島が現在存在するのは、興味深いですよね。トルコ語が共通言語であるガシュガーイーや、はたまたザルギャルの一族が、イラン史上果たしてきた役割と、おそらく密接に関係があることなのでしょうが、まだこちらでちゃんと何かが書けるほどに、調べが進んでいなくって・・・。調べ物っていくら時間があっても足りませんね。 |
elly→Homayunさん 2008/05/01 17:31 |
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