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zoom RSS ジプシーを巡る旅(新たなジプシーとの出逢い)

<<   作成日時 : 2008/04/24 17:18   >>

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画像ヌスラットの希望により観光旅行で幕を開けてしまったイランのジプシー取材。しかし実は、シーラーズに到着したその日の夜、すでに今後の取材のある程度の成果を予感させるような人物との出逢いがありました。

シーラーズ市内の観光を終え疲れてホテルへ帰ってきた10時過ぎ、ザルギャルの親類の一人がホテルを訪ねて来ました。浅黒い肌に顎鬚・頬髯をはやしたこのGh氏の登場により、ぐうたらムードになっていた場の雰囲気は一気に引き締まります。というのもこのGh氏、驚くべきマシンガン・トークでザルギャル一族のイラン史への登場について語り始めたのです。

以前も書いたとおり、実際には彼らの間の会話はトルコ語(アゼリー語)で交わされていたため、私には話の内容がところどころしか解らなかったわけですが、Gh氏が語っている内容がとんでもなく重要で、尚且つエキサイティングであることは、ザルギャルの歴史を自ら熱心に研究してきたアリレザの顔が、見る見る驚きと興奮に満ちてきたことからも理解できました。
この時、私たちに通訳することさえ忘れ、アリレザはGh氏の話に耳を傾けていました。
後で聞いたところ、アリレザでさえ知らなかったような内容が、この日の夜、Gh氏によって語られていたのでした。

次の日、私たちはハーフェズ廟を訪れた後、Gh氏の家を訪ねることになりますが、実はGh氏の口からはザルギャル一族以外のジプシーについての情報も匂わされていたのです。
先にも書いたことですが、アリレザの話や文献から、イランではほぼ全ての州に様々なジプシーたちが住んでいることが解っていました。そして勿論、シーラーズにも別グループのジプシーがいることは、ある程度解っていました。この時、関口さんの質問に応える形で、彼らの名前と、その集落のある地域の名前がGh氏の口から発せられたのです。しかし質問を重ねるにつれ、Gh氏の顔は段々と曇っていき、何かしらトルコ語でまくし立て始めました。
この時には、Gh氏のある種不可解な様子とその理由がよく飲み込めていなかったのですが、次の日の朝、彼らの間に存在するいろいろな思惑や立場が一気に飲み込めるような事態に遭遇することになったのです。

朝の観光を済ませた私たちは、前日空港に迎えに来てくれていたガシュガーイーの青年Ch氏を説得し、気が進まない様子のザルギャルたちを伴い、Gh氏が口にした集落を訪れることになります。移動はタクシーだったのですが、タクシーの運転手に行き先を告げ交渉をする際、何度か乗車拒否をされるという事態に陥りました。行き先を告げるや、運転手はその場所へ向かうことを躊躇うのです。それを何度か繰り返した後、やっと一台の車が私たちの前で止まってくれました。この一連の反応を見ているだけでも、向かう先に何かすごいものが待ち構えているのではないかという期待感が沸き起こり、好奇心はピークに達っしていったのです。
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実際に訪れた場所で待ち構えていた事態、それから人々については、今の時点で詳細に述べることはできませんが、彼らがジプシー研究において非常に興味深く、そしてとても重要な意味を持つジプシーであるということを関口さんは直感的に悟られます。ここでは、仮にこのジプシーたちのことを「謎のジプシー」と呼んでおきたいと思います。
しかし残念なことに、この集落での取材は、この場所を告げた当の本人、Gh氏の突然の妨害に遭うことにより中断されます。Gh氏がこの場所に予告なく現れた理由については、ザルギャルたちも私たちがこの集落を訪ることを好ましく思っていなかったという事実に集約されるでしょう。
それは、ヌスラットやアリレザのように、一般のイラン人の水準から見ても割合裕福な暮らしをしていると思われる社会的に成功したジプシーたちから比べると、この「謎のジプシーたち」は、明らかに貧しく、そして風貌もザルギャルたちとは大きく相違していました。ヌスラットは、彼らが私たちの写真撮影に対して対価を求める事実に憤りを覚えている様子でした。後から彼が語ったところによると、「自分たちはこういうことにお金を求めたりとか、そういうプライドのないことはしない」と。
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ここで、ザルギャルたちのあからさまな妨害に遭い、後ろ髪引かれる思いだったけれども、仕方なく私たちはこの場を急いで離れることになります。道中、Gh氏はすごい剣幕でザルギャルたちにまくし立てていました。「なぜあそこを訪れたのか」と。
要するに彼らが言いたかったことは、社会的にある程度成功し、物乞いじみたことをしなくても生計を立てていける自分たちと、今しがた見てきたジプシーたちを一緒にするなと。ザルギャル一族と彼らの間には埋めることの出来ない「階級差」があるのだと。それが彼らの主張するところだったのです。関口さんのこれから記される連載において、ザルギャルと他のジプシーたちが一緒に取り扱われることを避けるようにとの言も、実際にはあったのです。
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この事件もさることながら、この後ザルギャルたちと旅を共にする時間が長くなるにつれ、彼らが関心があるのは「ジプシー」なのではなく、ザルギャル家のルーツのみにあるんじゃないかということを、なんとなく悟ることとなって行きます。
ずっと後にヌスラットの口から発せられる言葉なのですが、彼とアリレザが世界ロマ会議に出席した際、会場に展示されていたジプシーの集落を写した数々の写真パネルが、どれも一様に、バルカンの貧しいロマの集落を訪ねたものや、ヨーロッパでスリを常習としているジプシーたちのものなど、ステレオタイプなジプシー像を見せ付けるものばかりだったということにより、著しくプライドを傷つけられたという出来事について語ってくれます。彼らザルギャルの中には、自分たちは社会的に成功した「ロマ」であるという大きなプライドが根付いています。自らが「ロマ」であるというアイデンティティと、世間のステレオタイプのジプシーに対するイメージ像の間で激しく揺れ動く彼らの様子を垣間見せられる瞬間に、その後も度々出逢うことになります。しかし、おそらく彼らが「ジプシー」に関心があるのではなく、自らの過去にのみ関心があるのではないかと感じ取ったその瞬間は、関口さんにとっても私にとってもけっこうショックな瞬間となりました。
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たった今目にした事実を反芻する間もなく、その後私たちはザルギャル家の親戚巡りを開始することになります。この日は先に書いたとおりGh氏の家を訪問し昼食をご馳走になり、その後、先日書いたとおり、お喋り・お茶・お昼寝というパターンに陥りました。このうち「お喋り」の中には、もちろんザルギャルを知る上でとても重要な会話も多く含まれていたわけですが、話の内容もさることながら、彼ら一族(その日は男性陣5〜6人集合)の、自らのルーツ探求に対する熱意に驚かされたのでした。話題の中心は常にザルギャルだったのです。この日から3日間に渡り、久しぶりに集った親戚たちは、昼夜を分かたずザルギャル家の歴史について語り合うことになります。この頃、イランは国会議員選挙を目前に控えている状況でした。しかし、そういった状況の中、誰ひとりとして選挙のことを話題にしないという事態に、関口さんはとても驚かれていました。
選挙に関心がないのは何もザルギャルたちに限ったことではなく、お世辞にも将来に希望が持てるとは言い難いイランでは、国全体についてある程度当てはまることではあるのですが、実は、ザルギャル家からは国会に議員を送り込んでいるという事実さえあるわけです。
このシーラーズでの日々の出来事により、彼らザルギャルは「過去に生きる人々」という印象が、私たちを強く支配してしまうことになりました。
勿論、ジプシーのリサーチでやってきた関口さんの関心を鑑みて彼らがそういう話題を選んだと考えられなくもないですが、明らかに私たちの存在とは関係なく、彼等のルーツに関する議論は日が暮れるまで(日によっては夜中まで)延々と続いていったのです。
その内容は、Gh氏が前の夜熱く語っていたように、ザルギャルのイラン史への登場や、トルコ系王朝建設に果たした歴史的役割、別の民族との密接な関係、イラン近代史における英・露の介入や、イラン国家建設に翻弄された一族の歴史などなど・・・。

全てをブログ上で細かく説明することは不可能ですが、彼らザルギャルが、シーラーズ市内や近郊に多く住むガシュガーイー族と密接な関係にあるという事実だけは、どうしてもここで述べておかねばなりません。ガシュガーイーのことは次回記そうと思っていますが、今日は、ガシュガーイーもザルギャルも、過去にトルコからイランにやってきた、トルコ系の言語を喋る人々であるということにだけ触れて、おしまいにしたいと思います。

次回は、2月のシーラーズ旅日記で予告した、ガシュガーイーの衣装もご紹介しますね。
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写真1:Gh氏宅での昼食のもてなし。
写真2:「謎のジプシー」。目に鮮やかな衣装を身に纏う。
写真3:「謎のジプシー」の住む集落の路地。
写真4:3に同じ。
写真5:別の親戚宅にて。この夜は、「ザルギャル・トーク」に熱中するふたりのザルギャルを残し、私たちは夜半にはホテルに戻るが、議論は夜中の3〜4時まで続いたらしい。
写真6:「女部屋」の面々。私は女性なので当然のこと「女部屋」に度々呼ばれるが、正直女部屋の会話はいずれもしんどかった。結婚観について執拗に聞かれたりなどなどとにかく一方的な質問攻め。毎回そそくさと逃げ出す私でした。










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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
こんにちは!
う〜ん、過去に生きる人々…それは例えば、少し前に私が行ったところ、「前へ、未来へ」の国、シンガポールとはかけ離れた感覚で…
みんな同じ、「新しい」人たちのはずなのに、それぞれに引き継がれていく考え…
それはもしかして、私達が自分自身を制限してしまう、一種の妄想なのかもしれないですね。
yuu
2008/04/24 18:12
今回の日記では書きませんでしたが、「過去に生きる人々」である反面、イラン人は新しいものを求める気持ち・新しいもの好きの面も、一般的に見てとても強いように思います。過去を重視してしまう彼等の性質は、もともと家柄やルーツに凄くこだわる国民性もあり、伝統的に存在するイラン人の感性であることも事実だと思いますし、やはり将来に希望や夢を描くのが非常に難しい社会的環境のせいも少なからずあるのじゃないかと思っています。
シンガポール旅日記、ここ数日非常に忙しくなかなか拝見できずにいます。時間ができたら遡ってゆっくり拝見させて頂きますね!
elly→yuuさん
2008/04/28 02:28

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