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<<   作成日時 : 2008/02/18 04:13   >>

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画像シーラーズの旅の続きです。

唐突ですが、イスラーム世界で「祈り」と聞いて、一般に思い浮かべるイメージとはどのようなものでしょうか。
きっと、巨大なモスクに大勢の男たちが集い、メッカの方角へ向かって祈る厳かな風景なのでは、と思います。もちろん、これも祈りの形態です。

一方、ムスリムの祈りには、もうひとつの形態があります。
それは、日常的な願掛け。神社に行って新年の願い事をする日本人になら、容易に想像が付く祈りの形態だと思います。
シーア派(12イマーム派)のイランでは、聖者信仰が盛ん。聖者とは、歴代イマームのみならず、その兄弟や親戚・子孫までも含めた人々で、彼らのお墓である聖者廟(エマームザーデ)こそが、この「願掛け」の場のひとつであり、聖者たちがその祈りの対象となっています。

この2種類の祈り。イランでは前者を「ナマーズ」と言い、後者を「ドゥアー」と呼んでいます。

さて、聖者信仰が盛んなイランでは、カトリック世界同様、聖者の殉教日に絡む休日がやたらと多く、また聖者廟もあちこちに存在します。

モスクでは観光客がチャドルを被らなくて良いことが多いイランでも、聖者廟ではチャドルの着用が義務付けられています。
また、廟内は写真撮影も厳しく禁止され、異教徒は入れない、男女で廟内に入る入り口が分かれていたりということが多いのですが、今回シーラーズで訪れたEmamzade-ye-Ali Ebn-e-Hamze(エマームザーデイェ・アリー・エブネ・ハムゼ:10世紀建立。しかし、地震により崩壊し、現在の建物は19世紀に作られた)では、驚いたことに男女入り口も一緒、廟内の写真撮影も特に禁止されている風ではありませんでした。チャドルは勿論着用を求められましたが、このチャドルにしろ、(モスクでもどこでも着用が義務付けられている場所では)入り口で貸し出してくれるので、自ら準備する必要はありません。しかも貸し出し用のチャドルは、ピンク色の小花柄など意外にかわいらしい柄が多いのです。まあ、身体の線が隠れればどんな柄でも問題ないということなのでしょうけれど。

さて、このアリー・エブネ・ハムゼという聖者が誰か、ということをここに書いておかねばならないでしょうね。
シーラーズには、他に有名な聖者廟があります。そこは、セイィエド・ミール・アフマドという、エマーム・レザー(第8代イマーム)の弟を祀った廟で、彼の異名「シャー・チェラーグ(ランプの王)」を取り、シャー・チェラーグ廟と呼ばれています。アリー・エブネ・ハムゼも、シャー・チェラーグの弟なのだそう。イマームの弟、はたまたその息子・・・と、連なって行くため、イランには途方もない数の聖者廟が存在することになります。最も有名なエマームザーデは、シーア派の聖地マシュハドにある第8代イマーム・レザーのものです。
ところで、ミール・アフマドが何故「ランプの王」と呼ばれていたかが私には不明。ご存知の方、どうぞ教えてください!

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聖者廟に入って驚くことのひとつが、全面鏡張りとステンドグラスのド派手な内装!
異教徒から見ると、こんな落ち着かない空間で祈る気分になれるのかと、いささか疑問なのですが、いやいや、皆クルアーンを熱心に読んだり、一心不乱に願い事を唱えたり、聖者の棺がある廟の中央部の鉄格子に口付けしたり・・・と、完全に自分の世界に浸りきっています。
祈りの目的はどうあれ、あまりモスクに行かないイランの人々の敬虔な姿を見たいと思ったら、モスクではなくエマームザーデを訪れるべきなのかも・・・と、思ってしまいます。
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しかし、しばらく人々の姿を眺めていると、決して趣味が良いとは言い切れない緑色のガラスとギラギラした鏡細工の空間が、異教徒をもなんとも敬虔な気持ちにさせてしまうから不思議なのです。また、特に女性にとって、モスク以上に重要な信仰の場として機能している点にも注目しなければならないでしょう。願い事の中には、それこそ子宝を授かるようにといった類のものも含まれるのです。
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また、おもしろいことに聖者の棺を安置した鉄格子には、日本の神社のおみくじのごとく、願掛けのためのひもが多数結ばれています。また、鉄格子の内側は、棺に触れることがないようにプラスチックやガラスの板がめぐらされているのですが、その板のいずれかの部分に、これまたお賽銭といわんばかりの願掛け用のお札を入れるための空間が、ひっそりと開いていたりするのです。

ムスリムのアイデンティティの結束の場であるモスクとは違い、エマームザーデにはイスラーム以前からの素朴な信仰形態や祈り、はたまたアニミズム的な信仰も素地としてあるのではないかと言われていて、どこまでも興味が尽きないです。

さて、シーラーズを訪れたのは、イマーム・ホセインの殉教日、アーシュラーの直前。イラン全体が、シーア派最大の宗教的行事に向け盛り上がりを見せていた時期だったわけですが、有名な宗教都市のみならず、イラン全土のモスクや、エマームザーデまでもが、「ホセイン」一色になっていました。つまり、黒字の布にホセインの文字が躍る横断幕や幟で至るところ装飾されるのです。アリー・エブネ・ハムゼ廟も例外ではありませんでした。写真では中央の棺を囲う鉄格子上部に横断幕が見られます。

この日この廟の中で、同行のガイドさんに、アーシュラーにまつわるルーミーの詩を教えて頂いたくだりは、前のアーシュラーの記事の中で書きました。
イマーム・ホセインの殉教日に我が身を打ちつけ悲しむ人々の姿を見て、魂が生という牢獄から飛び立ったのに、なぜ悲しんでいるのかと言ったルーミーの言葉です。
無心に祈る人々の姿と、ルーミーの感性・観察眼のコントラストが、この時、私の心を強く支配しました。

当たり前のことだけど、信仰には実に様々な形があるものです。
それは、たとえ同じイスラームの中でさえもそうなのです。
画像

      **モフル(礼拝の時、メッカの方向に向け、額の下に置く聖石)
      聖廟の入り口や内部には、必ずこのモフルが置いてあります。
      これはシーア派ムスリムのみに見られるもののようです。**











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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
写真の廟は、私も1度だけ訪れた事があります。
イランの聖者信仰は、私も不思議に思った事がありました。
イラン人に伺ったところ、神はアッラーのみなので、聖者に対して祈りをささげているのではなくて、聖者に自分の願いを聖者からも神様に伝えてもらえるようお願いしている形に近いのだそうです。
(自分から直接神様にお願いもするけど、聖者からも口添えをしてもらうイメージ。)

お賽銭の様な行為も、日本の願掛けとは違った意味で、サダカ(喜捨)の習慣の一部のようです。喜捨は、様々な場所で習慣的に行なわれており、エマームザーデで喜捨をしない場合も多くあります。
ミール・アフマドが何故「ランプの王」と呼ばれていたかは私も少し気になります。(^^)
のんびりや
URL
2008/02/18 15:23
ご丁寧なコメントをありがとうございます。
そういえば私の文章、言葉足らずでした。そうですね、聖者に祈るのは、聖者が願いを叶えてくれるというわけではなく、アッラーへの仲介役としてですね、あくまでも。
「お賽銭」は、サダカの一種の形態なのですね、なるほど!
日本のお賽銭とは使われる用途も場所も違うということでしょうか・・・。勿論、モスクやエマームザーデの維持費としても使われているわけでしょうが。
「ランプの王」のエピソード、調べてみたいですね。ガイドさんが居たにも関わらず、シャー・チェラーグ廟には行かなかったもので、うっかり尋ね忘れていました。



elly→のんびりやさん
2008/02/18 16:08
 2枚目の写真、んん?これはどうなっているのかな・・・?としばらく考えてしまいましたが、小さな鏡とタイルのかけらが多数貼り付けてあるような感じでしょうか。
 ともかく非常に「宇宙」を感じるというか、神秘的な気分にさせられる写真です。

 宗教施設というのはある種の高揚感や法悦を演出するような工夫がなされているものなのだろうなー?、などと思ってみたり。

 イランに行くならシーラーズ、ですね♪
えひ山
2008/02/19 21:46
一見、写真ではプラネタリムのように見えます。でも全面鏡貼りということはその場で見たらドハデなんでしょうね。
聖者が途方もなくいる話についてですが、いわゆる自分自身が聖者(何をもって聖者なのかよくわかりませんが…ハハ)というだけではなく、その弟だとか息子だとかいうだけで聖者にされていくのですか?
wacky
2008/02/21 15:30
2つの記事それぞれにコメントを頂き、ありがとうございます。2枚目の写真、宇宙的ですよね。実際には、もっとギラギラした感じがしますが・・・。
モスクとエマームザーデを比べると、まさにえひ山さんおっしゃるところの「昂揚感」を感じられる点が、エマームザーデの特徴なのかもしれません。
イランに行くなら・・・私の場合、ヤズドか、シーラーズか・・・非常に悩ましい問題です。(う〜ん、でもやっぱりヤズドかも)
elly→えひ山さん
2008/02/21 21:49
うんうん。実際にはかなりド派手な空間で、ある意味圧倒されます。あまり趣味が良いとは言い切れない気が・・・。でも、また素人なので迂闊なことは言えませんが、シーア派の宗教施設って、こういうものが多いかも。電飾とか鏡とか・・・。
聖者について。
ここでは便宜上「聖者」と記してしまいましたが、本当はこの言葉使いにも問題があるかもしれません。(聖者というと、スーフィーの修行僧なども入ってしまう気がするので)イランの国教であるシーア派(12イマーム派)では、歴代イマーム(ペルシャ語ではエマーム)とその家族・子孫が、上ののんびりやさんのコメントにも書かれているとおり、神への仲介役を果たしてくれるがゆえに、祀られている(この言葉にもまた語弊があるかも)わけですが、シーア派の特徴として挙げられるもので最たるものが、まさにこの「血の繋がり」なわけです。これが、根本の部分でスンニー派との分岐点になったわけですし。
elly→wackyさん
2008/02/21 21:59

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