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zoom RSS 犠牲祭と冬至とクリスマスと

<<   作成日時 : 2007/12/25 23:00   >>

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画像またしても一ヶ月以上更新をサボってしまいました。もはや自分のブログを開くのさえ恐ろしくなっていた(笑)。
このどうしようもないサボり癖に加え、寒さに異常に弱い私は、ここのところ引きこもり気味な毎日を送ってます。勿論、用事があれば出かけますが、用事がなければひたすら家にこもっていたい(笑)。
イランの気候に対する一般的なイメージがどんな風かはわかりませんが、多分みなさんの想像以上に寒い!です。私が住むテヘランの標高約1500メートル地点では、12月の始めには、山間部のみならず平地でも既に初雪がありました。空気は刺すように冷たく、いつもなら煩わしいとしか感じない頭に巻いたへジャーブが、とてもありがたく感じられるのです。

先週には市内でも積雪が見られました。この積雪があった日(21日)、イランはカレンダー上、シャべ・ヤルダーという日に当たりました。シャべ・ヤルダーとは、文字通りには「冬至の夜」という意味です。イランには、西暦・ヒジュラ(イスラーム)暦以外にも独自の暦があることは以前書きましたが(参考)、今年は偶然にもイラン暦の冬至と、ヒジュラ暦の犠牲祭(大祭)が重なるという結果になりました。但し、アラブ諸国では盛大に祝われる犠牲祭ですが、イランでは殆ど大規模な祭りは行われないということを、以前から聞いていました。よくテレビで見る光景として、アラブ諸国では道端で犠牲の羊を屠るシーンがありますが、イラン(少なくともテヘラン)では、こういった光景を見ることは稀なようです。尤も、例によってこの日も「引きこもり」を決行してしまった私には、街中でどんなシーンが繰り広げられていたか知る由もないのですが(笑)。

一方、イラン独自の文化として、やはり「シャべ・ヤルダー」については少し説明を加えておくべきでしょうか。
とは言っても、こちらも街中で祭りが行われたりとか、儀式が行われたりというわけではなく、各家庭において一年で最も長い夜を家族とのんびり過ごすという、地味〜な習慣なので、イラン人家庭に入り込んで暮らしているわけではない私には、これまた関係のない行事となってしまいました。
・・・が、イランの冬至の過ごし方について簡単にご紹介くらいはしておかねば・・・ですね。
伝統行事を遵守する(笑)イランの家庭では、冬至の夜、家族で食卓を囲んで、夜通しナッツなどをかじりながらお喋りやハーフェズ占い(参考)に興じます。
面白いのは、日本では冬至に南瓜と小豆を食べますが、イランでは西瓜とナッツを食べること、でしょうか。似て非なるこの両者の習慣。
日本で南瓜を食べることは、身体を温める意味でも理にかなっていますが、明らかに身体を冷やす効果がある西瓜を食べるとはちょっと驚きですよね。しかも、冬には通常収穫できないであろう西瓜を(近年は、国土の広いイランでは、冬でも南部で収穫可能なようですが)、わざわざ夏から食料庫に保存しておいて、この夜に家族みんなで食べるというのです。
冬至に西瓜を食べる理由には諸説あるようですが、ひとつには、真夏に収穫した西瓜を夜が一番長い日(真冬)に食べることにより、暖かい春の訪れを願うという意味合いがあるようで、ここでは西瓜に、シンボリックな役割が与えられているというわけです。

画像冬至の夜を、実際に伝統的な方法で過ごしている家庭がどのくらいあるのかは知りませんが、一方、クリスマスの祝いをする家庭が意外にも多い事実が、今回イランに来て驚いたことのひとつです。
イランにはキリスト教徒のアルメニア人が多く住んでいますから、クリスマスの祝いをする人々がいても勿論不思議ではありません。(但し、ユリウス暦を採用している彼らのクリスマスは、12月25日ではなく、1月6日。)

これらのクリスマスを祝う人たちのために、12月に入る頃から、街中のショーウィンドウにはクリスマス用のディスプレイが並び始めました。
以前は、アルメニア人のクリスマスの時期に合わせ12月後半ぐらいからディスプレイが始まっていたらしいのですが、ここのところ年々その時期が早まっているのだそう。
しかも、アルメニア人のお店のみならず、明らかにムスリムのものと思われる店も、すっかりクリスマス・モードだったりするからビックリです。クリスマス商戦はここイランでも健在!
本来の意味を離れ、世界中で一人歩きをしているクリスマスですが、イスラーム指導体制下のイランでさえも、クリスマスはしっかりビジネスと結びついているんだな〜と驚愕する瞬間です。
そして、イランに来たら、クリスマスとは無縁と思い込んでいた私でしたが、昨日はまんまと(笑)、クリスマス・パーティーに誘われ、しっかり楽しんでしまいました。そして、数箇所で「メリー・クリスマス!」と声を掛けられては目を丸くしたり・・・。

でも、イスラームの犠牲祭を始め、イラン暦による伝統行事、はたまたクリスマスと、様々な文化を同時に体験できるなんて、なんておおらかで素晴らしい国なんだろう!(笑)って、またまたイランを好きになったりして。

さて、最後に。
今日はイランの冬至とクリスマスについて書きましたが、「クリスマスの起源は、実はイランにあり?!」っていうことを、最後に述べておかねばならないと思います。
実は、このことについては、既に『地球散歩』にて、記事を書かせていただきました。こちらでも書いていると、内容が重複してしまうのであえて書かないことにしますので、ぜひ『地球散歩』もご覧頂ければ・・・と思います。(「クリスマス」)
画像

これからひと月強、相次いで日本からの来客があります。その際、地方巡礼も決行する予定で、テヘランをしばしば離れることになります。
更新がまた途切れ途切れになる可能性が高いですが、過去一ヶ月間の記録も含め、ぼちぼち更新していきますので、懲りずにたまに遊びに来てくださいね!

<写真>
上:ペルシャ絨毯屋ショーウィンドウ。クリスマスセールのポスター。サンタが絨毯を背負っている。
中:アルメニア人の経営するカード・ショップ
下:店内はクリスマス・ツリー用の飾りでいっぱい




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コメント(9件)

内 容 ニックネーム/日時
今回の記事、かなり驚きました。
イランとクリスマスって全然結びつかなかったです。1/6がクリスマスということは、12/25を過ぎた今もまだまだクリスマスムード満点なんでしょうか?
それに西瓜!冬の食べ物じゃないし、テヘラン寒いなら尚のこと不思議ですね。
wacky
2007/12/26 19:38
 イランではクリスマスなんてご法度だと思っていました。商売に結びつくと<何でも宜しい>時代に、世界中がなっているのでしょうか。世界中が同じになるのもつまらない、難しいところ・・・
筑紫万葉
2007/12/26 20:14
クリスマスの起源のことは初めて知りました。
しかしミトラ教とかゾロアスター教、その後を受けて出てきたマニ教とかがキリスト教の代わりに世界宗教になっていたら。。。どうなっていたのでしょう。可能性がない訳ではなかったのでは。
西洋ではニーチェのツァラトストラで突然出てきたように思われ勝ちかも知れませんが、モーツァルトのオペラ「魔笛」に出てくるザラストロもゾロアスターのことですし(こちらはフリーメーソン関係)、新約の「東方の三博士」以来、東方の賢者に一目置く伝統は地下水脈としてあったのでしょうね。
お盆の正式名称、盂蘭盆も古代?ペルシア語のurvan(霊魂)から来ている説が有力だそうですね。それがサンスクリットを通して日本にも入ってきたと。しかも大文字焼きのように火を祭りますし。偶然とは思えません。
東西のルーツが音楽だけでなく色々と見つかる国ですね。
Homayun
URL
2007/12/26 21:29
う〜む。恐るべし、イラン。
日本にとってイランは未知の国ですね〜
歴史と文化と人種の流れが面白いですね。
ellyさんの家に住んでしまおうかしら私(爆)

2007/12/26 21:43
そうなんですよね。一般に流通しているイメージでは、クリスマスはその起源も含め、完全に西洋のもの。そのイメージを覆したかった意味もあり、この記事及び『地球散歩』の記事を書きました。最近あまり外に出ていない(笑)ので、あまりいろんなところは見ていませんが、昨日街の中心部を見た限りでは、まだまだクリスマス・モード真っ最中だったよ。
elly→wackyさん
2007/12/27 21:39
クリスマスは世界を食い尽くしていますね。
でも、クリスマスのお祝いそのものは、(デコレーションも含め)万人向けでとても美しい文化でもあると思うのです。(尤も、クリスチャンから見たら複雑な想いもあるでしょうが)
自分の国のオリジナルな文化への誇りも失わず、尚且つ多文化へも経緯を評し楽しむことは素晴らしいことだと私は思うのですが・・・。
elly→筑紫万葉さん
2007/12/27 21:43
いつも内容の濃いコメントをありがとうございます。Homayunさんがおっしゃるとおり、イラン発祥の宗教のうち、少なくともミトラ教は、世界宗教になっていた可能性が十分にありますよね。多くの宗教は、歴史上政治的に利用されてきた結果、現在の世界「宗教」地図が作られたわけですが、もしアレクサンダー大王がペルシャを征服していなかったらば、もしローマ帝国がミトラス教を国教としていたら・・・などなどと考え出すと、妄想が止まりません(笑)。
過去、モーツアルトの「魔笛」が、ザラトゥシュトラをモチーフにしていることを知った時は、衝撃的でした。urvanの話も詳しく書いて頂き、ありがとうございます。意外に知られていない部分で、イラン(ペルシャ)オリジンで、西に東に流れていった文化・事象はたくさんありますよね。日本では修二会との関連性を唱えている学者さんもいらっしゃいますしね。古代、奈良にペルシャ人が渡来していたことは間違いなさそうですから、十分に有り得ることです。イラン人自信、自らの文化が東西文化に大きな影響を与えたことを、とても誇りに思っています。(続く)
elly→Homayunさん
2007/12/27 21:57
最近知ったところでは、誕生日を世界で一番最初に祝い始めたのもイラン(ペルシャ)人だとのこと。同じくムスリムのアラブ人が、誕生日を殆ど気にかけないのとは対照的に、イラン人は必ず誕生日を人に尋ねますし、お祝いもするので不思議に思っていたのですが。この件に関しては、まだ調べが足りないので、いずれ何か書けたらと思っています。
それにしても、慶九さんもおっしゃってましたが、Homayunさんは、イランをご訪問なさったことがないとはとても思えないくらい、イランに関する知識が豊富でいらっしゃって、ただただ脱帽です!
elly→Homayunさん
2007/12/27 22:00
そうなんです!恐るべしイラン・・・ですよね。
イランから東西へのの文化の流動(?)という事実があるゆえに、最初にペルシャ世界を学んだ私にとっては、その後、西へ東へ興味の対象が移って行きやすかったのです。
↑様々な地域へ「浮気」をした言い訳。
碧さん、我が家に居候してくださいよ!
碧さんがいらっしゃったら、更に視界が開けて行きそうです。たくさん新たなインスピレーションをいただけそうな気がする。
elly→碧さん
2007/12/27 22:05

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