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zoom RSS ペルシャ詩に魅せられて

<<   作成日時 : 2007/09/27 21:27   >>

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画像先日、セタールのレッスンを始めたことをお伝えしましたが、イランに来て始めた習い事がもうひとつあります。それは、ペルシャ語。これ、習い事っていうよりは勉強、ですね。私はペルシャ語の初学者ではありませんが、何ぶん15年近くも殆どペルシャ語に触れる機会がなかったので、私のペルシャ語は記憶の片隅に眠っているか、あるいは全く忘却の彼方へと去ってしまったかのいずれかで、今、とても苦労している状態なんです。買い物をしたりなどの日常会話レベルだったらなんとか大丈夫なのですが、曲がりなりにも過去ペルシャ語やイラン文学を勉強した身にとっては、今の状態はかなり危機的に思えるのです。そこで、イランに来てすぐ、ペルシャ語の個人レッスンを受けることを決断しました。週2回、一回一時間半。語学学校へ入ることも検討したのですが、申し込みの時期などもあり、とりあえず断念しました。

まあ、でも個人レッスンの良いところは、自分のレベルに合わせて学習が進められること。こんなこと、言わずもがな、ですが。上達速度やレベルを比較する対象や、励ましあえる人が回りにいないので、進歩の度合いを計るのが難しいという欠点はありますけど。

私のペルシャ語学習の目的は、勿論日常会話の上達、コミュニケーション能力を向上させることにもありますが、何よりペルシャ詩をたくさん読みたいということ。学生時代にもペルシャ詩の原典に触れる機会はたくさんありました。でも、大学時代の勉強って、基本的にそんなにまじめにはやらないし、浮気性の私はペルシャ語以外の言語もたくさんかじった結果、全て中途半端になってしまったのです。もう一度、ちゃんとペルシャの詩が読みたい!柔らかで瞑想的で語尾のアクセントが少し上がるあの美しいペルシャ詩の響きを、原語で理解し、心行くまで原典を味わいたい・・・その想いが、今回私をペルシャ語学習へと駆り立てました。

それに、イラン音楽に親しまれている方はみなさんご存知ですが、イラン音楽とペルシャ詩は、切っても切り離せない関係。リズミカルなペルシャ詩の刻む音韻がそのまま音楽のリズムとなり、その独特の韻が聴く者を陶酔郷へと誘うのです。それはペルシャ語が分からない人でも持つことが可能な感覚ではあるけれど、意味や音の役割が分かれば尚良いですよね。そのレベルにまでペルシャ語力を持っていくのが理想です。
歌詞にペルシャ詩を用いたり、そのリズムを応用しているのは、何も古典音楽に限らないことのようです。この前人気ポップ歌手のCDを聴いていたら、ものすごく巧みに各フレーズの語尾で韻を踏ませている曲に出逢いました。そして、やはりそういった曲を、若者に至るまでとても楽しんでいる様子。いやいや、イラン人の心には奥深く詩が根付いているんだな〜と思わされる瞬間。
さすが「詩とバラの国」なんて言われるだけありますね〜。

私にとって、ペルシャ詩の中でも特に思い入れがあるのが、モウラーナーの『精神的マスナヴィー』。一般には、ジャラールッディーン・ルーミーの名で知られているこの詩人は、言うまでもなくイスラーム神秘主義において有名な人です。詩人というよりは神秘主義者だったと言った方が正しいのでしょうが。『精神的マスナヴィー(masnavi-ye- ma'navi)مثنوی معنوی』は、学生の時少しだけ原典に触れて挫折した記憶が未だ生々しく残っていて・・・。モウラーナーの詩に、もう一度ちゃんと向かい合いたいというのが今の究極の目標です。モウラーナーの作品は、ペルシャ語学習者の間でもかなりハイレベルな作品と見做されていると思うので、まだまだ先になりそうですけれどね。

モウラーナーと言えば、先日ラジオを聴いていて、イランとトルコの文学者が、モウラーナーはイランの人かトルコの人か、という議論を繰り広げていました。彼が長く留まった場所が有名なメヴラーナ教団の里、トルコのコンヤであること、彼自身がメヴラーナ教団の祖であるという事実からこういう議論が起こってくるわけですが、彼が残した著作は全てペルシャ語(アラビア語の語彙も多く含む)ですし、生まれも、当時イランだった場所(バルフ:現在のアフガニスタン)。ただ、こういう議論をこの時代に繰り広げ、人気ラジオ局の番組として使われていた点に、とても感銘を受けました。ラジオのみと言わず、テレビでも日常会話でも、詩はイラン人の日常の一部に溶け込んでいると言っても過言ではないと思います。イラン人の心の奥底を知りたければ、やはりペルシャ詩のひとつやふたつくらい暗誦できるようでないとダメですね!

長くなってきましたが(すみません、好きな話題なのでつい・・・)、詩と言えばもうひとつ。
最近、イラン人の友からプレゼントされ、嬉しかったのが、これ。画像
日本でも人気がある映画監督、アッバース・キヤーロスタミー(キアロスタミ)が、俳句の影響を受けて書いた詩篇を収めた詩集『گرگی در كمين(gorgi dar kamiin)』。(英訳付き)タイトルは大変訳しづらいのですが、「A Wolf Lying in Wait」という英語のタイトルとなっています。「獲物を待ち伏せしている状態の狼」のことですね。表題詩も収められていますが、その詩はたった2行で完結しています。俳句と同じように音読することにより、音の外側に広がる静寂の中に深い意味が潜んでいるのが伝わってきます。
こちらの作品は、簡潔な言葉で綴られていることもあり、割合読みやすいです。

・・・な〜んて。
まだ全然ペルシャ語力が追いついてこず、ジレンマの日々なんですけどね。こうやってブログに書くことにより、自分にプレッシャーをかけてみる・・・。
アラビア語学習の時同様、ペルシャ語関連で何かおもしろい話があれば、またお伝えして行きますね。



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コメント(13件)

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アラブ音楽とイラン音楽、イラン音楽に馴染みがないのでよくわからないのですが、決定的な相違点は何ですか?
サウサン
2007/09/28 06:48
『精神的マスナヴィー』は、いまだ邦訳されてないですよね。結局ルーミー語録だけでしょうか。日本語に移すのは困難なのでしょうが、邦訳も読んでみたいものです。
アラブとイランの音楽の違いは、やはり言葉から来るのでは。どちらも詩の吟唱が根本にあって、音楽が「歌」中心に成立してきていると思いますが、そこでアラビア語とペルシア語の違いが出るのかと。
歌だけでなく、楽器の音色の違いにもそれが現れていると思います。アラブではウードやカーヌーン、ダラブッカなど、どちらかと言えば線の太い音色で畳み掛けるような感じが強いと思いますが、イランではサントゥールやタール、セタールなど、即興的で繊細な音色が目立つようになりますね。いかにもペルシア絨毯の国という感じです。
ほまーゆん
URL
2007/09/28 18:27
 現地で、まさに生きたペルシャ語の学習ですか。折角のチャンスですからね。同じ期間、外国に住んでも、上達には雲泥の差があります。そこはセンスだったり、日本語の造詣の深さだったりするわけでしょうから、きっと、高レベルの習得をしての帰国となることと思います。
筑紫万葉
2007/09/28 20:04
セタールに続き、ペルシャ語もですか〜(*^o^*)
忙しくなりましたね!
時間が限られていると思うと頑張ってこの土地のことを知ろうという気持ち、よくわかります。私はさぼり気味なのでellyさんに関心しています。
wacky
2007/09/28 20:36
ペルシャの詩に見せられた私ですが、習ってしまったのはアラビア語というおばかさん。
お話、とても楽しみにしています。

2007/09/30 00:19
サウサンさんのご質問にほまーゆんさんがとても的確に答えてくださっているので、お二人へのお返事はまとめてという形にさせて頂きますね。私は音楽自体にはさほど詳しくないので、音楽の違いというと、かなり曖昧な言葉でしか答えられそうになかったのですが、ほまーゆんさんがおっしゃるとおり、アラビア語とペルシャ語の語感やリズムの違いは、ふたつの音楽の違いに大きく影響していることが感じられます。ほまーゆんさんがおっしゃるように、どちらもやはり「歌」ありきで始まった音楽だと思いますから。
サウサンさんは、ご自分で演奏されることも含め、アラブの音楽にかなり馴染んでらっしゃいますから、アラブの側から見たイラン音楽についてもいつかお聴かせ頂ければ・・・。
ほまーゆんさんがイランの即興的な音をペルシャ絨毯の繊細さに喩えられている点も、言いえて妙だなあと感心してしまいました。
それから、『精神的マスナヴィー』、「世界文学大系」のシリーズから出ていたような気がします。
ほまーゆんさん。遅ればせながらブログへのリンクを貼らせていただきますね!
elly→サウサンさん、ほまーゆんさん
2007/10/03 21:08
せっかくいろいろお褒めの言葉を頂きましたが、実は私、語学のセンスがあまりないんじゃ、と今さらながら思っているところです。一ヶ月経つけれど、あまり上達した様子が見られません。尤も、日本語の会話でさえあまり多弁・流暢ではないですから、その辺の不器用さが外国語で喋る際にも現れてるのかも・・・。どの言葉をやる時も必ずそうなのですが、聞き取れても喋るのがとても苦手です。
elly→筑紫万葉さん
2007/10/03 21:11
実はペルシャ語学習は、イランに来て一週間後には既に始めてました。イランに来たらやりたいと思っていたことはたくさんあるのだけど、まだけっこうどれも空回り〜って感じかも。
ちょっとまだ疲れやすいので集中力を欠いています。ブログに書くのは、気合を入れるためね!
elly→wackyさん
2007/10/03 21:13
碧さん。いつか一緒に「王書」を吟唱しましょうね!・・・私の密かな夢です。来年のバラの季節に、フェルドゥースィーの廟前で。如何??
elly→碧さん
2007/10/03 21:18
エ〜!!
嬉しい!
原稿送ってください!
練習します!インシャッラー

2007/10/03 23:29
情報有難うございました。
『精神的マスナヴィー』、調べましたが、今はないみたいですね。残念!
ブログへのリンクも有難うございます。
うちでもHPのリンクとブログと両方に入れておきます。
180度反対のフラットは、全音の9分の1音下げた音なんです。他にも線の多いシャープとか、色々あります。ドからレの間を、アラブやイランのように4つではなく、更に細かく9つに分ける訳ですから、記号が増えて大変ですが、大変に合理的です。
常々バルカンの民謡には「180度反対のフラットの音」が残っているように思いました。トルコ領だった時の名残でしょうか。例えば、クストリッツァの「ジプシーの時」の印象的な挿入歌Eerleziとかにも。終わりから3つ目の音を微妙に低めに取っていると思います。
ほまーゆん
URL
2007/10/04 21:29
『精神的マスナヴィー』、そうでしたか。よく調べもせずに書いてしまいました。すみません。それから、ブログへのリンクのみ貼っておりましたが、こちらも改めてホームページの方へもリンクさせて頂きますね。(ほまーゆんさんのところからリンクを貼って頂いたとなると、音楽ネタを早く書かねば・・・)
ここのところ、ほまーゆんさんのお陰で、トルコの楽譜への興味が湧いてまいりました。イスタンブールへ行く機会も実は頻繁にあるかと思われますので、次回トルコへ行く際には、楽譜を購入してみようかと想います(どうせ弾きもしないのですが)。バルカンの民謡にトルコの音。バルカンは音楽からも複雑な歴史が垣間見れて面白いですね。「ジプシーの時」、CDを日本に置いてきてしまいましたが、今度聴く機会がある時には、気をつけて聴いてみようと想います。
elly→ほまーゆんさん
2007/10/07 04:12
「シャーナーメ」は、そのうち抜粋をお送りしますね。私も実はまだこちらで原典を仕入れていないのです。巻数が多かったりで、まだ買う勇気がないのです。どの版が一番良いのかなども、まだ私には分からないので。
碧さんは文字が読めますから、一緒に暗誦できそうですね!
elly→碧さん
2007/10/07 04:15

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