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zoom RSS 『ジプシーを追いかけて−アラブ世界のジプシー』

<<   作成日時 : 2006/03/14 19:34   >>

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画像12日(日)に、『ジプシー・ミュージックの真実』『ブラスの快楽』の著者、関口義人さん(音楽評論家・ジプシー/ロマ研究家)の報告会「ジプシーを追いかけて−アラブ世界のジプシー」に行ってきました。(at 渋谷UPLINK)

関口さんは、主にバルカン半島におけるジプシーの集落を多数訪れ、詳細なフィールドワークを続けてこられました。ジプシーとは切っても切り離せない「音楽」を通してジプシーの実態を鋭い観察眼で記された著書に私は強く影響を受けましたし、バルカン音楽を紹介するために関口さんご自身が立ち上げられたレーベルondo(現在はイベント企画会社)も、ジプシー・ミュージックに限らず、広くバルカンや東欧の音楽を知るのに、とても貴重なレーベルだと思っています。
近代に入っていち早く民族主義に目覚め、国民国家論に基く国家を打ち立てようとしてきた欧州という地に、血の繋がりは重視するものの、もともと民族という概念が希薄であったジプシーが、マイノリティーとは言い切れない程に多数存在してきたことが大変な悲劇だったというようなことを関口さんの著書でも読んだ覚えがあります。(表現が違う場合は大変申し訳ありません。)この点に関して、私も全く同感だと思いましたし、これが理由でヨーロッパにおいては、彼らの存在は特異なものであるという位置づけを「外部」から無理矢理押し付けられてきたのでは、とも感じています。

そして、決してガジョ(よそ者・ジプシー以外の者)に対してオープンだとは言えないジプシーの集落に入り込んで、時間をかけてデータを集められる関口さんの姿勢には、本当に感動を与えられてきました。
私にとって最も尊敬する人の一人、関口さんが、今度は中東地域に残るジプシーの集落へ出かけられるというのを、以前話に聞き、また朝日新聞の記事(「著者に会いたい」)で読んでいたので、その成果を発表される日を楽しみにしていたのです!
私自身中東地域(特にイラン)のことはある程度専門的に学びましたし、前から何度もこのブログで書かせていただいてるよう、ジプシー/ロマには思い入れがたっぷりなので、勿論中東地域に住むジプシーの存在というものにも以前から関心がなかったわけでありません。でも、実際に中東地域に住むジプシーに関する本や文献資料なんてものにはまずお目にかかったことがなかったし、日本でそういったことを専門的にやっている人がいるとも聞いたことがありませんでした。中東地域とは言っても、それぞれの国家で多数派のアラブ・ペルシア・トルコ以外の民族と言えば、主にクルド・アゼルバイジャン・アルメニア・ユダヤ系といった人たちがいますが、彼らはそれなりに中東世界で目に付くし社会問題化されてもいます。それに、ジプシーと同じく同じ流浪の民系?でも、一般にノマドと言われる人たち(ベドウィンガシュガーイー)に関しては、日本でも報告が多数あるのでは、と思います。(実際中東地域には行ってないので、分かったようなことは何も言えないのですが)
それに比べ、中東のジプシー!彼らの存在って、世界的に見ても殆ど忘れられているのでは?と思います。

しかし、インド北西部をおそらく10世紀に旅立ち、スペイン・アンダルシア地方(後には大西洋を渡ってアメリカ大陸までの道のりを辿りますが)に到着するまでの間に、ジプシーたちは間違いなく北アフリカを含め、現在のイスラーム世界に足跡を残してきています。
確かに人口の面で言えば、ヨーロッパほどにはジプシーの数は多くないのでしょうが、中東地域にもジプシー文化の豊穣なる跡が残っているに違いない!と、これらの地域やジプシーに思い入れが強い私は、半ばロマンチックな思いも抱えつつ、関口さんのお話を聞きに臨んだのでした。(うわ〜、また前置き長くなっちゃった)

今回の関口さんの旅は、シリア・ヨルダン・レバノン、そしてイラン
中東のこれらの地域では、ジプシーのことをドムといいます。これは、もともとインドのサンスクリット語歌・踊りを生業とするジャーティ(職業区分による階級制)に属する人たちのことをdombaドムバと呼んでいたことに由来すると考えられているようです。そのドムという語が、東欧に入って発音が変化した形がロム(ロマの単数形)になります。

シリアには約20万人のロマがいて、シリアの人口の約1%を占めるそうです。
シリアのジプシーを大別すると、@クルバットAナワールに分けられるとのこと。@は、15〜20c.に北方からシリアに入り、現在もシリア北部に住んでいるそうで、シリアのドムの約6割がこのクルバットなのだそうです。そして、彼らの住まいはドム以外の人々の集落と混在しているということで、関口さんは、ダマスカス郊外のバブトゥーマカダム地区という集落の取材をされていました。取材先の家庭は、布を仕入れ洋服を縫製し、殆ど貿易とも呼べるような形で世界中売り歩くことを以前生業にしてきたという、わりと裕福な家庭でした。普通のアパートらしきものの一室に家具調度品、絨毯もしつらえてありました。
Aのナワール(アラビア語の「ナール(火)」に由来)は、おもしろいことに、一族の女性全員がダンサーをしていて、男性は働かないということでした。女性は4歳から踊りの修行をはじめるそう。一方、男性は日がな一日することもなく、家でテレビをみたりダラダラと過ごすのが慣わしだとのこと。関口さんは、テシュりンという集落の取材をされていましたが、その辺りには高速道路沿いに「ナワール・レストラン」と言って、夏季のみ営業をしている、ナワールの女性が観光客にダンスを披露するカフェレストランがあるのだそうです。お客は大概、湾岸(Gulf)からのお金持ちの人たちで、おそらく女性たちはダンスをするだけではなく、彼らを相手に売春を行っているのではと思わせる節があるのだそうです。いささか衝撃的な話でしたが、関口さんご自身もジプシーの女性がガジョ相手に身を売ることを商売としているのを見るのは珍しいとおっしゃっていました。なぜなら、ジプシーにとってガジョは不浄(マリメ)なものだからということだと思います。
以前、イザベル・フォンセーカの『立ったまま埋めてくれ』という著書で、確かアルバニアのとあるジプシーの家庭で、女性は早朝から一日家事に追われているのに対し、男性は何もしないし、朝寝坊をし、テレビを見て過ごすのが日課だという内容を読んだと思うのですが、それでも女性たちは自分たちに仕事があるだけ男性よりも幸せだと思っているというようなことを書いてあったように思います。ナワールの場合、男性が遊んでいる間に女性が売春をして稼ぎを得ているのだとしたら、決して女性にとって平等な社会だとは言えないでしょう。しかし、女性の方が主な稼ぎを得ている結果、あるいは、アルバニアの例をとってもわかるよう、自分の仕事を持っているという誇りがある故に、女性の方が家庭において立場が下になるということからは脱しているようにも思えます。息子に嫁が来てから、あるいは年を取ってからは、ジプシーの女性の立場は強くなるとも聞きますし、意外にも女性の方が強いというか、女系社会の要素もあるのかなあなんて思わされたのですが。。。如何でしょう。

また、関口さんはカディーヤという集落にも行かれていました。ここはすぐ裏手に刑務所があるということで、シリア人はあまり住みたがらない場所だということです。ここでは、ドムは自分たちのことをガジャール(イラクに住むドムのこと)と呼んでいたそうですが、イラクから来たわけではないだろうとのことでした。ある家庭のご主人の男性は、身体が弱い妻の他に、もうひとり年が随分離れた若い妻を娶って、元の妻の近くに住まわせていたということで、これには関口さんは驚かれたそうです。アラブにおいてはジプシーも一夫多妻制を認めているんだというのが驚きの理由です。ジプシーが、その土地その土地で自らの文化を土地の文化に合わせ、あるいは自らの文化に異文化を吸収させ生きてきたことの証拠がここにも見られるわけですね。ひとり目の奥様には気の毒ですが、大変興味深かったです。

そうそう、中東におけるドムの集落を見つけることの難しさもお話され、とても印象に残ったので書いておきます。
中東でテント生活をしている人々はドム以外にもいます。いわゆるノマド(遊牧民)と呼ばれる人たち、クルド民族、そしてパレスチナ難民です。通常ロマの集落に入る際には、必ず徒歩で近づいていって、集落の長のような人を呼び出し交渉をするのだそうですが、最初はどのテントがドムのものかわからず、ドムのものだと思って近づいたら、テントの中はロマにしては整然と片付いているし、アラビアコーヒーでもてなされたのでヘンだと思っていたところ、実はドムではなかったというお話もしてくださいました。
ヨーローッパと違って、肌の色も顔立ちも似ている中東においては、見分けがつきにくいというのもあるのでしょう。後に区別が付くようになってくると、洗濯物の干し方やテントの色(ドムのものはカラフル)などが、ノマドとは明らかに違うということに気付かれたそうです。

また、レバノンではザハレという集落で、テントが風で飛ばないように、テント外部の天井からいくつも縄でタイヤを垂らしていたのが興味深かったです。これはレバノンのジプシーしかやっているのを見たことがないとのことでした。なぜなら、レバノンは車産業が盛んだから、廃材としてのタイヤがたくさんあるのだろうとのこと。カルロス・ゴーン氏のレバノンとの関係もお話くださりましたが、これまで私はゴーン氏の出自は知っていても、レバノンにおける車産業のことは知らなかったので、大変ためになりました。(こんな風にジプシー以外のことにも話題は多岐に及びました。関口さんの博学さと長年にわたる外国渡航歴を偲ばせてくれるエピソードです。)
ベイルートでは、内戦で傷ついた使われていないアパートにドムたちが住み着いた集落などの写真も見せていただきました。

音楽に関しては、関口さんは現地のCDショップ(尤も、中東においては殆どが海賊盤をおいているか、その場でCD-Rでお手製のCDを作ってくれるかのどちらかなのだそう。それはそれで面白いとして、まともなCDが手に入るのは、ドバイの空港かベイルートのVirgin メガストアかのどちらかだけだそうですよ。)に足繁く通われ、ジプシーミュージックを捜し求められたそうです。
でも、中東ではジプシーミュージックだとされているものは圧倒的に少ないのだそうで…。報告会の中では、サミール・シブリーニという人の音源を聴かせてくださいました。音楽として素晴らしかったのですが、私には一般のアラブ音楽との違いがあまり認識できませんでした。ジプシーは、自らが通ってきたその地その地で、ローカルな音楽と結びつき多彩な音を残してきていますから、アラブ音楽とも器用に結びつき、中東の地でも新たな音を残してきてくれているものと思います。ひょっとしたら、中東においてはヨーロッパよりもずっとジプシーの同化が進んでいるのかもしれません。貴重な音源も早めに残しておかないと、そのうち消えてなくなってしまうのかもしれないですよね。

さてさて、私が最も期待していたイランですが(ヨルダン・レバノンに関しては、ごめんなさい。あまりお話の記憶が残っていません。暗闇の中スライドを見ながらの講演なので、メモを取るのが至難の業なのです。よって、最初に話されたシリアと最後に話されたイランが私の記憶に残ってしまったというわけです。)、期待に違わず、とても感動的、かつ貴重な映像を見せていただけました。

イランでは、ドムと呼ばれる人たちは唯一ザリガリという一族として残っているのだそうです。(全く知りませんでした!)ザリガリがزرگرى{zargari}?だとしたら、金細工・銀細工売りを生業とする者という意味なので、非常に興味深いですね!ザリガリ一族のご先祖は、金銀細工加工あるいは販売が生業だったのでしょうか?やはりジプシーとしては典型的な職業のひとつですよね。(イランでは職業や出身地を姓としている人が多い。)ひとりで興奮してしまいました!

また、ザリガリ一族はきちんとした生業を持っているため、全く差別を受けていないとのこと。
その、ザリガリの長であり、中東のドムの世界でもリーダーとされているヌスラットと呼ばれる人物に会うべく、関口さんは、テヘランから車で2時間ほどの村(名前を失念してしまいました。)を訪れます。この人物の居所を探すのがなかなか大変だったようです。(←「ガズヴィーンセラヴァン、ケルマーンという町の近く」という情報だけを頼りにアガの住まいを探されたそうです。)

余談も余談ですが、イランにおいてドムが最初に意識されたのは、10世紀の文献。これによれば5世紀ササン朝バフラーム・グール王に関する記述において、既にアラビア語の「ゾット」という名称でドムは登場します。その後、11世紀のイランの国民的叙事詩『シャー・ナーメ(王書)』において、同じバフラーム・グール王の治世に、インド(おそらく現在のアフガニスタン)から楽師として連れてこられた『ルリ』として登場します。これらのことは、確か先に述べた『立ったまま埋めてくれ』にも記述があったように思いますので、興味がある方は読まれてみてください。

さてさて、関口さんがヌスラットの家を訪れると、その晩、宴会を催してくれるということで、ヌスラットは電話をかけまくり、すぐさま100人もの人が遠方からも集まってくれたそうです。
関口さんがDVDに収められたセタール(弦4本<一部復弦>の弦楽器)、ズルナ(ソルナ・ダブルリードの木製管楽器)、ダフ(ハンディな枠太鼓)からなる楽隊の演奏は、ペルシア古典音楽の特徴も多く兼ね備えている様に思いましたが、一定のフレーズの繰り返しからなるめくるめく演奏には、確かに遠くヨーロッパでジプシー・ミュージックとして認識されている音楽の原型も感じ取ることが出来るように思いました。(実際に現地で見、話を聞いたところ、楽器はチョグール(弦楽器)、バーラーバーン(吹奏楽器)、ダーイェレ(打楽器)の組み合わせでした。2008年4月訂正記す)
そして、楽隊は行進をしながら屋外へと繰り出します。屋外では焚き火が燃え盛り(関口さんがおっしゃるには、ガソリンを薪にぶっかけて火の勢いを増させていたのだそう!)、その周りを囲んで音楽に合わせて緩やかにダンスする男たちの姿が映っていました。このダンス自体は私がイランのフォルクロールと認識しているものに近いと感じました。肩を組み合って円になって、足を左右交互に上げてゆっくりと舞うもの。フォークダンスを想像していただければそれとあまり相違ないかもしれません。火を囲んでダンスするのは全世界共通に見られるものでしょうが(もともと「踊り」とは儀式のためのものでしょうから、火との結びつきは強いですよね)、イランにおいてはゾロアスター教との結びつきもあって、特に重要というか注目すべき点なのかもと、関係のないことも考えてみました。

圧巻なのはやはりズルナの演奏!いわゆる循環呼吸(鼻から吸いそのまま吹く)で、長い時は30分くらい延々と休むことなく吹き続けるのだそうです!
同じフレーズが延々と続く映像でしたが、ずっとずっと見続けていたいと思わせてくれる、大興奮の映像でした!!

尚、ザリガリ一族は、勿論現地の言葉ファールシー(فارسىペルシア語)を使っていたそうですが、ヌスラットの世代の人たちまではドマリー語(ロマニー語)も喋れるのだそうです。ヌスラットも、ファールシーで綴られたドマリー語の楽譜を見て歌を歌っていたそうです。
ただ、イランに限らず全世界のジプシーに言えることですが、今の年配の世代がロマニー語を話す最後の世代ということで、若い世代はその土地その土地の言語を母国語として育っているそうで、ロマニー語自体の消滅が危惧されるそうです。関口さんはおっしゃってました。ロマ(ドム)の内部から、ロマニー語の辞書を作ろうという動きが出ればいいのだけれど、と。
ロマニー語に限らず、今以上にジプシーの間にアイデンティティというものが目覚め、自らの文化を守っていこうという機運が盛り上がることにより、彼らの生活はどう変わっていくのだろうと、とても興味が湧いてきました。

関口さんは今後、イラン東部やトルコ東部に住むジプシー「ルリ」の調査なども進めたいとおっしゃっていました。今後も関口さんの動きから目が離せそうにありません!


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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
報告会のご参加お疲れ様でした☆
私も、ナワールの女性の売春、そして男性が働かない(仕事がない)という話は、大変インパクトがありました。人くくりにロマと言っても、地域によって生活環境に大きく差があるのはとても興味深いなあと思います。
それにしても、すごく充実したレポですね…。ばっちり復習できました。記憶力の足りない私としては、非常に助かります。
これからもよろしくお願いします♪
ネレ美
2006/03/26 21:48
お越しくださり、ありがとうございます!
地域による差、おもしろいですね。ロマは周囲から、社会に馴染まない(馴染もうとしない)から迷惑だと思われている反面、ものすごく順応性がある、というか土地土地で生き抜くのがうまいというか、そういうところがあるんだな〜と思います。
復習だなんて。。。ありがとうございます。
ネレ美さんのようにロマに詳しくないんで、これからもっといろいろ教えてくださいね。
elly→ネレ美さん
2006/03/27 00:11
やっとアクセスできましたよ〜。素晴らしいレポです!
さて、私も先日聞いたのですが、Zargariはその通り、もともと金銀細工と関連のある職業の人々の名前だったようですね。Zarというのが、金を意味する言葉だったそうです。ちなみに、スペインでアラブ・アンダルシア音楽の理論を築いたZirya:bは、イランでZarya:bとも呼ぶようで、その名前には「金を探し求める」という意味があるそうです。

グール王がインドからケルマンシャーに連れて来た音楽家たちのうち、ある者たちはその地で音楽活動を続け、ある者たちはそこから移動を始めてジプシーとなっていったという見解を聞いて、私も非常に興味を持っていました。一緒に調べていきましょう。
k9
2007/11/22 13:38
わ〜い!コメントありがとうございます!「金」に当たるペルシャ語はtalaもあるけど、zarも金ですよね。文中にも書きましたが、イランでは元来職業を姓にしている人がとても多いと思うので、姓でご先祖の職業が分かることがあって面白いです。ところで、Zirya:bの名もZarに由来するとは知りませんでした!ケルマンシャーはササン朝時代に栄えた街のひとつだから、同時代に実在した享楽好きのバフラーム・グール王が、ケルマンシャーに楽師を招いていてもおかしくないですよね。調べたいことは山ほどあります。『王書』の勉強会も含め一緒にいろいろ活動しましょうね!よろしくお願いします。
elly→k9さん
2007/11/23 01:23

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